『止められるか、俺たちを』白石和彌監督

2012年10月17日の若松孝二監督逝去から6年。いまや日本映画界を牽引する俊英白石和彌監督が、師匠若松さんが時代と共に駆け抜けた33歳当時の若き日を見事に再現。白石監督自ら「映画を武器に戦ってきた若松さんの声をもう一度聞きたい」と企画した本作『止められるか、俺たちを』は、記念すべき若松プロダクション映画製作再始動第一弾です。今回は、10月13日(土)の公開を記念して白石和彌監督にたっぷりとお話を伺いました。

―すべてのキャラクターに味があって、存在感を感じました。こういった感じを醸し出すのは、やはり白石監督の演出の妙なのだと思いました。
出てくる度に字幕をいれてとか、あるかもしれないけど、そうじゃなく。みんなすごい人たちなんだけど、でも若い頃って“何者でもない”じゃないですか。それはめぐみ(主演:門脇麦)だけではなく、秋山道男もそうだし、足立さんとか若松さんは既に監督をやっていましたが、誰しもそういう時期があると思っていて。あの瞬間“何者でもない”人たちが、なんとなく段々と見えてくるようにしたいな、と思っていました。

『止められるか、俺たちを』白石和彌監督

―そして、門脇さんと井浦さんの二人がこの役柄を引き受けて下さったことが大きいのでは?
麦ちゃんはもちろんのこと、新さんが若松孝二さんをやるという・・・。これ以上はないんじゃないかという無茶ぶりでしたから。それはよくやってくださったと思いますよ。新さんがいないと絶対に成立していない映画なので、感謝です。

―自然な演技は新さんだからこそ出せた?
だと思いますね。僕より、なんやかやで若松監督と過ごした時間は長いんじゃないかな。色んなこと振り返ると、僕が監督として何も言わなくても、若松さんが言っていたことを(新さんは)体現してくれていましたし。

『止められるか、俺たちを』白石和彌監督

―井浦さんと会話は?
新さんが三島(2012年公開『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』)をやった時もそうなんだけど、モノ真似にしても仕方がないので、「新さんなりの若松孝二さんをやってくれ」ということと、あとはまだ若さがある33歳当時の若松さんだから、「それは僕らが知っている若松孝二よりももう少し肉体性が強かったはずだから、それはどこかで出せるといいよね」という共通認識は多少あったと思います。
でも多くは語らないですよ。「もっとこうして」とか「もっと東北弁の訛りを入れて」とか、そういう細かい部分はお任せでしたね。

―クランクインから若松さんだった?
そうですね。もう持ってきれくれたものが、「あ~、なるほど」と。あとはそれをクランクアップまでキープしてもらうだけですよね。

―一方で本作の主人公となるめぐみさんを演じた門脇さんの弱さだったり、ふとした瞬間の表情だったりがすごく自然で、役になりきっているように感じました。
まず、ちゃんとした人としての芯の通った強さと、同時に頑張り過ぎてたらポキッと折れちゃうんじゃないかという儚さを、両方持っていて、それを演じ分けることができることが麦ちゃんの強さだと思います。
(パンフレット写真を見ながら)あとこの見てる先、“何を見ているんだろう?”って想像させてくれるんですよね。麦ちゃんの目って。それが、麦ちゃんの最大の魅力かなって勝手に思っているんだけど。視線の先の、そこがキャッチ―なんだと思いますね。
あとは60年代、70年代の人物を演じるうえでのアンニュイさとか、当時の人っぽい感じとかを元々持っているんだと思うけど。その感じがすごい伝わるから、素晴らしい女優だと思いますよね。

『止められるか、俺たちを』白石和彌監督

―現場で印象に残っていることは?
めぐみさんが亡くなった時に、写真集というか作っていて、それを一冊麦ちゃんに渡したんです。すると、毎朝現場に入る時にそれを見ることを麦ちゃんが日課と言うかルーティーンにしていて、「私に乗り移れ!」と思いながらやっていたんじゃないかなと思うんですけど。

―若松プロにやってきためぐみさんに「3年我慢すれば監督にしてやる」と若松さんが言うシーンがありますが、四の五の言わずにやってみろという考えが、今の世の中だと通じにくくなっているように感じます。ちょっとやってみただけで“自分には合わない”とか、それを指摘すると強制しているようで問題視されたり。
あらゆることがそうですよね。すぐ問題視されてしまいますよね。
働き方改革とか言ってるけど、戦後の日本がまっさらになって、でも70年代を過ぎて日本が経済大国になれたのは、みんな寝ないで働いたからですよ、はっきり言って。パワハラもセクハラも関係なく。もちろん良いとは言わないし、改善できるところは改善しないといけないと思うし。でも、これから人口が減っていく中、(今のように)ゆるく働いていて、経済的に苦しい中で、それは立て直せるはずがないですよ。それを日本の政治家は何にも考えていないと思いますよ。
『止められるか、俺たちを』白石和彌監督当たり前なんだけど、青春ってただ楽しんでるだけじゃなくて、記憶がなくなるくらいに何かに一生懸命打ち込んでいる時期がないと、やっぱり何かを成し得ることはできないというか。そういう時期は絶対に必要だから。寝ないで働いてたとか、寝ないで研究に打ち込んだからノーベル賞をとれたとか。伝記になんか出てくるような人はみんなそうです。だから、そういう人物が生まれにくい世の中を一生懸命作っているんですよ。

―すぐに結果になることでもないことに、打ち込むからこそ偉人になれるんでしょうね。
まあ、若松さんを別に偉人とは言ってないけど(笑)

『止められるか、俺たちを』白石和彌監督

―映画として描いてみて分かった若松監督とは?
33歳の頃、ピンク映画とはいえ年間7、8本監督をして、プロデュース作品も含めると10本くらい作っているんですよね。それは僕が想像していた以上にエネルギッシュな時間を過ごしていたんだなというのは、本当に感じました。
僕が去年4本映画撮ったんですけど、それでクッタクタでしたから。トータルしたら撮影日数は同じだったかもしれないけど、それにしてもエネルギーの塊だっただろうなと本当に思いますね。

―それだけこなすというのは、撮りたい題材もあったと。
作り始めると、「これでできなかったから、これを次、テーマにしてやろう」とか、作っていけば新たなテーマがうまれていくもんなんで。それはそんなに難しくないかなと思いながらも、それにしてもですよ。それでこの映画の中みたいに飲み屋で飲んでたら、変なのが絡んできたりとか(笑)

―そういう飲み屋の出会いも全てが作品作りに繋がっているように感じました。
そういうこともひっくるめて、映画作りのエネルギーに変換していたはずだから、なかなかできることじゃないな。凄い、と思いました。
『止められるか、俺たちを』白石和彌監督

―改めて、凄い人だなと。
そうですね。あんまり持ち上げるとね(笑)
連赤(2008年公開『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』)とか三島の舞台挨拶で、若松さんは「当時のお前たちのお父ちゃん達、いわゆる団塊の世代は、学生運動に参加して、何かしら日本を良くしようとか、そのためにデモに行ったりとか、戦争させないようにしようとか、そういうことをちゃんと考えて日々生きていたから。お前らよりは少なくとも頑張っていた」みたいなことをよく若い人たちに舞台挨拶で言っていて。僕もそれを聞いていたんだけど、でもそこで時代と並走しながら映画を作っていた若松孝二率いる若松プロダクションも頑張っていたんだなと。ちょっと上から目線にならないように言うのが難しいんだけど、物凄いエネルギーを燃焼させていたんだなと、それは本当に思いますね。
じゃ、それが出来てるかというと出来てなかったし。でもそれは20代、30代で監督になれていたから出来ていたことであって。それを40代でってなると、なかなか体が追い付かない、体力が追い付かないとかあるから。難しいなと思いつつ、「負けてられないな!」ということはすごく思いますよ。

『止められるか、俺たちを』白石和彌監督

―若さ、エネルギー繋がりとは違いますが、放尿はみんなでよくしていた?(笑)
いやいやあれはね、創作です(笑)まあ、確かに若松さんはその辺りで立ちションは良くしていましたけど、そんなことだったんじゃないかなと。

『止められるか、俺たちを』白石和彌監督

―(放尿は)白石監督もみんな通ってきた道なのかなと思いましたよ(笑)
(笑)
若者って、バカなことする生き物ですよ、当たり前に。それを世の中が許容できないことになっていて。何年か前にバイトしている子が店の冷蔵庫に裸で入っている写真か何かをアップして店が閉鎖みたいな。それはどうなの、(若者を)守れない社会はどうなのって思いますよ。やったことはアホだとは思うけど、ちゃんと叱れば良いだけの話じゃないですか。本当につまらない世の中だなと思いますよ。

『止められるか、俺たちを』白石和彌監督

だって、「助監督の仕事、俺が教えてあげるよ」って言われて、まずは“調達”って言って万引き、次はフーテンから女優を探してくるみたいな。(笑)今一個もやることないから。おかしな話でしょそれって。「万引きしないと助監督できないんだ」みたいなそんな話だから。それが不謹慎って言われたら、まあ終了っちゃ終了ですよ。
でも、今『万引き家族』に対しても「万引きされる側の気持ちを分かっているのか」とかツイッターに書かれたりとか。若松さんの映画を見て欲しいんだけど、本作の終盤にも出てくる『天使の恍惚』(1972年公開)とか、あれはテロリストが交番を爆破する映画なんですけど、そいつら「爆破される側の気持ちを分かってるのか」とか呟くのかなと。本当に頭の悪い世の中になってますよ。

―若松監督は「映画は武器だ」とおっしゃっていました。白石監督にとって“映画”とは?
武器と言えるほどの作品をまだ作れていないかもしれないけど、気持ちは同じですよね。“人間”って何なんだろうということを探求していくものでもあるし、「今の世の中こんなんだよ」、「お前ら生きてる世の中こんなんだよ」って。「何で普通に生きてられんの?」ってこと(を投げつけるという意味で)も武器かもしれないし。
それを若松さんみたいに自由に全面に押し出して撮ることが、映画会社を入れるとなかなか難しいけど、でもこの映画をやったことの意味はメジャーで撮りながらも、「いつでもやろうと思えば俺は武器を持っているんだ」ということを確認もしたかったし。それはそのつもりはあるし、いつかできるといいなと思っています。

―その選択肢の広さはまさに白石監督の武器ですよね
映画には色んな形があるし、色んな映画作りがあるので。それはフィールドの問題ですから、戦い方、作り方は色々。
ただ、ここの所比較的大きいバジェットも徐々にやらせて頂けるようになっていて、もっと大きいバジェットもやりたいという野望がある中で、予算が大きくなれば、関わる人も大きくなって、意見を言う人も大きくなって、多分思った通りの映画ってなかなか作れなくなっていくと思うんですよね。まあ、それは予算がなくても同じなんですけど。その時に「本来の映画作りって何なのかな」って今このタイミングで僕自身が確認したかったし、じゃあ「本来の映画作りって何なの」ってなると、僕の中では若松孝二監督の映画作りって影響を受けているので。
じゃあ、若い頃、僕も見たことがない「若松孝二の映画作りって何だったんだろう?」って。「僕自身が見てみたかった」ってのはありますよね。
やっぱり、本来自由に作っていいんですよ、映画って。表現の自由を認められているわけだから。それなのに今は色んなことに気を使って映画を作らないといけないから。難しい世の中だなとは思いますけど。まだまだやれることは沢山あるはずだし、やり方があるだろうなってのは今回確認できましたよね。

『止められるか、俺たちを』白石和彌監督

―これからの作品作りに思わず期待が広がります!
やりたい企画やネタは沢山あるので。どこかのタイミングでやれたらなと思います!

―最後に映画ファンに向けてメッセージをお願いします。
若松孝二とか、特に初期の若松作品が好きな方は、色んな角度から笑えたり、「なるほど、あの時のあれだ!」とか分かってもらえる楽しみがあると思います。
でも、全く知らない人が見ても、「何かに打ち込んでいる」とか「その時はただ普通に過ごしていただけでも、それが実はかけがえのない瞬間であること」っていっぱいあると思うんですよね。それが凝縮された映画なんだろうなとは思っているので、映画に関わっていなくてもどんな人が見ても響く瞬間があると思います。ぜひ、劇場に足を運んでください。

―(ポスターの前で撮影をしながら)サメエキス、また登場しましたよね?(笑)
あれは若松さんが昔映画を撮れなくて、儲けられなくて困って、サメエキスを大量に輸入して、売りさばいたけど、結局借金を背負ったっていうエピソードがあるんですよ。
それを日悪(2016年公開『日本で一番悪い奴ら』)とか色んな作品で僕がいじってるだけです。だからあのサメエキスって若松いじりなんです。その原点がこの映画にある。毎回サメエキス出てくるなみたいな。(まずいとか散々な扱いをしているから)「サメエキス嫌いなんですか?」とかよく言われる(笑)

『止められるか、俺たちを』白石和彌監督


<編集部より>
本作やインタビューから垣間見えたのは、社会や私たちに対する強烈なメッセージと同時に、“ユーモア”や“自由”など本来誰しもが持ち得る共通の権利。しかし、そこには当然責任が生まれ、自由を得るためには溢れんばかりのエネルギーや情熱が欠かせないことからも目を背けさせてはくれません。
常に普通の生活とはかけ離れた世界のようで、身近なこと、自分に重なることとして捉えることが出来てしまう白石監督の作品。本作で広がった映画作りのさらなる可能性を今後どのような形で私たちに届けて下さるのか、そしてこれからも差し込まれるであろう色々な“いじり”をスタッフ一同楽しみにしています!

白石和彌監督プロフィール
1974年生まれ。北海道出身。1995年、中村幻児監督主催の映像塾に参加。以降、若松孝二監督に師事し、フリーの演出部として活動。若松孝二監督『明日なき街角』(97)、『完全なる飼育 赤い殺意』(04)、『17歳の風景 少年は何を見たのか』(05)などの作品へ助監督として参加する一方、行定勲監督、犬童一心監督などの作品にも参加。2010年、初の長編映画監督作品『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で注目を集める。ノンフィクションベストセラーを原作とした『凶悪』(13)は、2013年度新藤兼人賞金賞をはじめ、第37回日本アカデミー賞優秀作品賞・脚本賞ほか各映画賞を総嘗めし、一躍脚光を浴びる。その他、日本警察史上最大の不祥事と呼ばれた事件をモチーフに描いた『日本で一番悪い奴ら』(16)、『牝猫たち』(17)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)、『孤狼の血』(18)などがある。
(白石和彌監督 若松組参加作品リスト)
『標的 羊たちの哀しみ』(96/若松孝二監督)、『明日なき街角』(97/若松孝二監督)、『飛ぶは天国、もぐるが地獄』(99/若松孝二監督)、『完全なる飼育 赤い殺意』(04/若松孝二監督)、『17歳の風景』(05/若松孝二監督)

■ストーリー
吉積めぐみ、21歳。1969年春、新宿のフーテン仲間のオバケに誘われて、“若松プロダクション”の扉をたたいた。
当時、若者を熱狂させる映画を作りだしていた“若松プロダクション“。そこはピンク映画の旗手・若松孝二を中心とした新進気鋭の若者たちの巣窟であった。小難しい理屈を並べ立てる映画監督の足立正生、冗談ばかり言いつつも全てをこなす助監督のガイラ、飄々とした助監督で脚本家の沖島勲、カメラマン志望の高間賢治、インテリ評論家気取りの助監督・荒井晴彦など、映画に魅せられた何者かの卵たちが次々と集まってきた。撮影がある時もない時も事務所に集い、タバコを吸い、酒を飲み、ネタを探し、レコードを万引きし、街で女優をスカウトする。撮影がはじまれば、助監督はなんでもやる。現場で走り、怒鳴られ、時には役者もやる。
「映画を観るのと撮るのは、180度違う…」めぐみは、若松孝二という存在、なによりも映画作りに魅了されていく。
しかし万引きの天才で、めぐみに助監督の全てを教えてくれたオバケも「エネルギーの貯金を使い果たした」と、若松プロを去っていった。めぐみ自身も何を表現したいのか、何者になりたいのか、何も見つけられない自分への焦りと、全てから取り残されてしまうような言いようのない不安に駆られていく。
1971年5月カンヌ国際映画祭に招待された若松と足立は、そのままレバノンへ渡ると日本赤軍の重信房子らに合流し、撮影を敢行。帰国後、映画『PFLP 世界戦争宣言』の上映運動の為、若松プロには政治活動に熱心な若者たちが多く出入りするようになる。いままでの雰囲気とは違う、入り込めない空気を感じるめぐみ。
ひとり映画館で若松孝二の映画を観ているめぐみ。気付かない内に頬を伝う涙に戸惑う。
「やがては、監督……若松孝二にヤイバを突き付けないと…」

■予告動画

■公開情報
2018年10月13日(土)よりテアトル新宿ほか全国順次公開

■公式Twitter
tomerareruka

■コピーライト
©2018若松プロダクション

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