苦しいことも悲しいこともポップに伝えて励ましたい 『愛ちゃん物語♡』大野キャンディス真奈監督
- 2022/7/23
- インタビュー, 映画監督
- 大野キャンディス真奈, 愛ちゃん物語♡
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2021年のぴあフィルムフェスティバルでエンタテインメント賞(ホリプロ賞)と映画ファン賞(ぴあニスト賞)をW受賞するなど、今、話題沸騰の映画『愛ちゃん物語♡』が今月29日から渋谷のシネクイント他で公開されます。
親子のあり方、いじめやLGBTQなどをテーマに据えつつも明るくポップな色彩で観客に温かなメッセージを投げかける本作。
デビュー作『歴史から消えた小野小町』(‘17)から2年の構想・製作期間を経て初の長編映画となる本作を公開する大野キャンディス真奈監督に製作の経緯や作品に込めた思いについて聞きました。
【あらすじ】
愛ちゃん(16)は、仕事人間である鉄男に過度に束縛され、自由を知らずに成長した。そして今、父とは一緒に食事もせず、メールだけの仲。
そんなある日、友達もおらず、オシャレも知らない愛ちゃんは、偶然に聖子さんと出会う。文化も生活も異なる2人は、一緒に過ごすうちに、家族のようで友達のような関係になっていく。しかし、聖子さんにはある秘密があった…。
普通って何?家族って?ひとりぼっちだった愛ちゃんが見つけた「♡」とは?
みんな「愛」を持っている
―― 現在、東京藝術大学油絵学科の4年生とのことですが、映画製作を始めたきっかけについて教えてください。
大野キャンディス真奈さん(以下、大野):小さい頃から「映画監督になりたい」と強く思っていた訳ではなかったのですが、ものを作るのは好きで自宅でクラフトワークを作ったりしていました。美大の進学はその延長で決めました。
現在は油絵科に在籍していますが、油絵科を選んだのは、絵画制作以外にも、映画や立体も作ることができるからです。映画はいつか撮りたいと思っていましたが、動画作りをやっていた時期もあり、一周回って映画に辿り着きました。
映画を初めて作ったのは大学2年生の時です。『歴史から消えた小野小町』は秋田に行った時に小野小町のことを聞いて「これをみんなに伝えたい!」と思ったので、東京へ戻ってからカメラを1台持って、秋田に戻って1人で撮影して映画にしました。
『愛ちゃん物語♡』もストーリーを思い付いてから1ヶ月で一気に200ページ台本を書きました。夜7時から朝5時までバーでアルバイトをして貯めたお金とクラウドファンディングで集めた100万円で作りましたが、映画製作の方法をどこかで教わったということはありません。友達と力を合わせて作りました。
―― 主人公の愛ちゃんの周りには魅力的な人たちが次々に登場します。人物のキャラクター設定はどのようにして考えたのでしょうか。
大野:みんな「愛のある人」という設定にしました。人間はみんな愛があると思っています。悪人に見える人でも、不器用だからそういう風に見えているだけなのではないかと。
例えば、この映画の愛ちゃんの父親の鉄男は、愛ちゃんを過度に束縛しており、いわゆる「毒親」の設定です。ただ、愛ちゃんのことが好きすぎてお父さんはこういう行動に出ています。
鉄男は私の父がモデルになっています。父はとても厳しい人で私の美大受験には「才能の世界なんだから無理だ」と最初は言っていました。でも、それは正解のない世界で生きていく厳しさが分かっていたからこそ言っていたこと。そして、私自身は、父は私に対する愛があるからそれを言っているということをわかっていました。
この映画の登場人物たちも、それぞれが愛を持っているのにスムーズに表現できないでいます。
そうしたことが伝わるように「お父さんの愛ちゃんに対しての愛」「聖子さんの愛ちゃんに対しての愛」と、関係図でそれぞれの気持ちを書いて、整理してから撮影に入りました。
カラフルでポップな理由は
―― 「愛」をカラフルでポップな色彩で描いています。
大野:絵を描いていたことが影響していると思います。この世界は戦争だったり、環境問題だったりクレイジーなことがたくさんあります。そのこと自体はただ、苦しくて悲しいのですが、それを周知した上で明るくポップに描きたい。絵を描く時に大切にしていることです。
そして、そのことは映画を製作する時にも意識しています。暗い気持ちになった時は映画に救われて来ました。なので、人が見てハッピーになれるものを目指しています。モチベーションを上げられるような映画、元気を与えられるような映画を作りたいと。
―― 色彩については美術のスタッフさんと相談したのでしょうか。
大野:はい。スタッフと一緒に打ち合わせをして美術の小物や衣装を買いに行ったりしましたが、イメージは自分で固めていました。「愛の色はピンク色」と台本に記載された通りに作った感じです。
仕上げもこだわりました。エイミー・ヘッカリング監督の『クルーレス』(‘95)が好きなのですが、80年代のレトロでポップな感じを意識しました。ちなみに、「この人を目指している」という映画監督はいませんが、一番意識しているのはティム・バートンですね。
「普通」は存在しないと実感
―― 家族がテーマになっていますね。
大野:自分の家族が不安定な状態になった時に「家族」という呼び方は要らないと思ったり、「普通」の家族は存在しないのではないかと感じていました。
海外に遊びに行くと、様々な家族の形態があると実感しました。日本にいると「普通」に縛られてしまうようなところもあるけれど、決してそうある必要はないと。
そうしたことを世に問いかけたいと思って、映画を作りました。
―― 「自分が変わらないと世界は変わらない」「人からどう思われても構わない」というストレートな台詞に心を打たれました。
大野:ずっと視野が狭いままでも生きていけるかもしれません。私自身もそうだった時期があるのですが、その時は周囲の人の言葉が自分に全く入って来ませんでした。周りの友達にも自分の家庭のことは言えなかったので、ひとりで悩んでいました。
でも、その状態では何も変わらないということに気が付いたんです。そういう意味では、この映画は私の経験に基づいて作られています。
「人」として見ることの先に
―― いじめやLGBTQに対する偏見なども取り上げています。
大野:私自身が「LGBTQの人たちに対する偏見をなくそう」という最近のムーブメントが起こる前からそうしたことに対して偏見がなかったということがあります。男性か女性かではなく、その「人」自身を見ることが大切ではないかと。
LGBTQに関する台詞は、それに対する偏見を問題視して入れたというより、聖子さんを語る上で入れました。聖子さんは子どもを産むことができません。でも愛ちゃんに対しては母親のような愛情がある。愛ちゃんを愛する上で「男か女かは関係ない」という意味で入れています。
また、台本を考えていた頃、自分自身が愛する対象は男性でも女性でもどちらでもいいと思っていました。なので、自分の家族も男女問わず「愛があればいい」と思っていたんです。
―― 『愛ちゃん物語♡』を観た人たちの感想はどのようなものでしたか。
大野:友人たちに「聖子さんを『人』として描いているのが良かった」と言われたのが嬉しかったです。
「男性か女性かではなく、『人』として見ることが大切」というメッセージは常に発しています。そして、それに対しては共感の声も頂きますが、一方で「もっと考えた方がいい」という意見も頂きました。
例えば、言葉の使い方ひとつ取っても、「玉ついているなら素直になれよ」と投げかける台詞があるのですが、それに対しては「傷付いた」というコメントがありました。そういう人の気持ちに寄り添う映画作りが出来たらと思います。
また、自分がこうした問題についてより勉強するべきとも感じています。LGBTQの方々が生きやすいような社会にするための法律は整備されていません。「『人』として接することが大切」と言っているだけでは問題は解決しないんですね。知識を深めて、さらに人に訴えられる作品を作っていきたいです。
映画で情報発信したい
―― これから作りたい作品の内容についてお聞かせください。
大野:「SFレトロかわいい」みたいな作品を作ってみたいです。お金があったら絶対SF映画を撮りたいですね。今は、桃太郎をモチーフにフェイクニュースを題材にした長編を考えています。
また、映画を作るとしたら古着を使いたいです。なぜかと言うと、大きいブランドやファストファッションの洋服はアフリカに寄付されていますが、とても安く売られています。そして、そのことによって現地の産業が成り立たなくなっているそうです。大量生産・大量消費が現地の人たちの生活を蝕んでいます。
映画を作るのにそうしたものを使うのは良くないな、と思っていて。空き家や古着を使って映画を作ってみたい。そして、少しでも世の中を良くできるように自分の映画で情報発信していけたらいいですね。
(文・写真:熊野雅恵)
映画『愛ちゃん物語♡』作品情報
キャスト:坂ノ上茜
黒住尚生 松村亮 森衣里 林田隆志 西出結 上埜すみれ 竹下かおり 山根真央 大門大洋 及川欽之典 心結 保土田寛
監督・プロデューサー・脚本・編集:大野キャンディス真奈
配給:Atemo
公式HP:https://aichan.atemo.co.jp/
©「愛ちゃん物語♡」作品チーム
7月29日(⾦)シネクイントほか全国順次公開
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