通訳者という名の挑戦者たち。ドキュメンタリー映画『こころの通訳者たち』山田礼於監督インタビュー

全国順次公開中の『こころの通訳者たち』は、上映する全ての映画に音声ガイドと字幕をつけている日本で唯一のユニバーサルシアター、シネマ・チュプキ・タバタ代表の平塚千穂子さんの挑戦に密着したドキュメンタリー映画です。
その挑戦とは、耳の聴こえない人にも演劇を楽しんでもらおうと挑んだ、3人の舞台手話通訳者たちの記録映像(『ようこそ 舞台手話通訳の世界へ』)を目の見えない人にも伝える。つまり、見えない人に「手話」を伝えるというこれまで誰もやってこなかった未知のプロジェクトです。
平塚さんや協力するプロジェクトメンバーの姿をカメラに収めたのはTVのドキュメンタリー番組を数多く手がけてきた山田礼於監督。今回は、本作の撮影を通じて山田監督が感じたことや撮影で大切にしていることなどを語っていただきました。
舞台手話通訳者と音声ガイド制作者
―― 舞台手話通訳者の方々の姿に感動され、平塚千穂子さんにその音声ガイドを託そうと思われた経緯を教えてください。
山田礼於監督(以下、山田監督)
最初は舞台手話通訳の存在すら知りませんでした。ドキュメンタリー『ようこそ 舞台手話通訳の世界へ』を観て一番感じたのは、この3人の女性は単に言葉の置き換えをしてる人たちではない。感情までを表現して伝えているんだということが分かりました。
最初は、彼女たち3人を被写体に撮ろうと思ったのですが、あの芝居はすでに完成してしまって、もうやらないということなので、みんなと一緒に進行形で体験するような形での撮影は難しかった。その時にふと平塚さんやチュプキの活動を思い出したんです。以前、僕の映画の音声ガイドを作っていただいた時に、平塚さんの取り組み方、映像との向き合い方や出演している人間に対する深い洞察力が素晴らしいと思っていました。そのことが偶然にも重なりました。
つまり、舞台の役者がいてその隣で通訳をしてる舞台手話通訳者。映画の場合は映画監督が完成させた作品に対して、見えない人や聴こえない人との間に立って伝える役割を担っているのが平塚さんやこの劇場(CINEMA Chupki TABATA)。その2つは同じようなことなのかなと。
どれだけ相手に近付き深く感じるかで伝わる伝わらないが違ってくる。そこが繋がったので、「一緒にやりませんか?」というお話を持っていきました。
―― 作品は当初監督がイメージした通りに進みましたか?
山田監督
ドキュメンタリーではストーリーを作っていくことよりも、目の前で起こっていることをどれだけちゃんと拾いまくれるか。或いは、その中からさらに広げていくことが出来るかどうか。そういうことが大切だと思っています。
本作の舞台となる会議をしている部屋は凄く狭い部屋です。カメラマンも「こんな密室みたいなところで人が喋っているだけで映画が成立するのかな…」と苦労していました。ただ、話しあっている内容が深く面白くて、ドンドン新しいことが起こっていくので“これはいける!”と思うようになっていきました。だから、ゴールを定めてそこに向かうのではなく、自然に転がり出したものを撮っていく。
加えて、週に一回集まりがあるとすると、その間に“この人面白そうだな。普段どんなことしてんのかな。ちょっとお願いして撮りに行こう”という形で取材をして、段々僕らも参加メンバーを理解していく。同時に会議が進んで、音声ガイドが出来ていく。それらがそのまま映画の流れになってゆきました。
従って、約1カ月間の撮影期間中に“こういう展開は困る”とか“こうなるべきだった”ということはほぼありませんでした。勿論、音声ガイドが出来なかったら大変なことになったかもしれないですけど、そうなってもこの映画は成立すると思っていました。

山田礼於監督
通訳者という名の挑戦者たち
―― 音声ガイドを作ったとしても、このドキュメンタリー映画がなければ本当の想いは伝わらなかった、まさに不可欠な映像になっていると思います。
山田監督
最初に目の見えない難波さんに音声ガイドがない状況で観てもらいました。あの時が一番ドキドキしたんです。終わった後、難波さんは「うーん」という感じで感想を言うまでの間にちょっとシーンとした間があったんです。そうしたら「分かりましたよ」って。つまり解説がなくてもある程度分かる。結局、(音声ガイドが)なくてもわかる部分があるけど、肝心な手話の部分がまったくわからないということが分かった。そこから色々と動き出したんです。
2回目以降、段々人が増えていき、それぞれ魅力的なキャラクターが入ってくる。ドンドン話も深くなっていったのでそれが一番面白かった。それが段々見えてきたので“これを撮っていけば大丈夫だ!”と確信しました。
―― 平塚さんの“旅”にみんなが乗っかっていくような作品でした。
会議では瀬戸口さんや水野さんが言葉を選びつつも、本音でぶつかっていきました。流石の平塚さんも時々悩むことがあったのではないですか?
山田監督
(笑)。
これは難波さんが言うんですけれども、「語らなければ何も進まない」と。“これはちょっと難しいかな”と黙ってしまったら多分止まっちゃうんです。
でも、みんなで考えた末に手話の一つ一つを単語みたいなもので表わすことが出来ないか。ラベルという言葉すら知らなかったけど、そういうことが分かってくる。じゃあ、それを何とか出来ないかと推し進めようとする強い意志が平塚さんにはあり、その想いを感じるから周りのみんなも何とかそこに協力していく。“確かに無茶だよな。でも知りたいんだよ”って。
映像にはみんながちょっとずつ協力し合って進んでゆく姿勢が映っていたと思うし、最終的にラベルを声に出すことが正解だと言っているわけではありません。平塚さんも仰っていたけど「これは実験なんだ。毎回これをやるっていうことではない」と。今までやったことがないことをやるには、ある程度思い切ったことをしてでも挑戦しないと出来ない。

シネマ・チュプキ・タバタ代表の平塚千穂子さん
知りたい人がいるわけだし、伝えたい人がいるわけだから“こういう方法はどうだろう。これはどうかな”というチャレンジ。通訳者というけれども、挑戦者という風にも思えた。“とにかくやろうと思ったらやろうよ!挑戦しようよ!”その意気込みにみんなの心が打たれていくんだと思います。
劇中でも「失敗してもいいじゃない。やりましょう」と言ってくれる。或いは、最初は「ラベルをそのまま使うのは、難しい」と言っていた瀬戸口さんが「でもこうやってみんなで話しあっているのが楽しい!」と言っていた。そのことが僕はすごく良かったんだと思います。
挑戦することでみんなが今まであまり考えなかったことを考える。
そして、最後に音声ガイドの音を入れる段階で、女優の彩木香里さんが単なる言葉ではなく感情を込めたことで、本来グチャグチャとも言える音声的な混乱が逆に心地よく聞こえる。それはみんながそれぞれ頑張り、挑戦をしてくれたからだと思います。
誰も失敗を恐れていなくて、その結果がああいう形になったので良かったです。
―― 本当に皆さんの挑戦に心を打たれました。
最初に難波さんのシーンから始まりますが、難波さんご自身のエピソードやバイタリティもスゴイですよね。
山田監督
合気道のことは僕もあまり知らなかったんですけど、身体のコミュニケーションということを道場長も仰っていました。この映画のテーマもまさにコミュニケーションです。
見える見えない関係なしにコミュニケーションを体で体感している。合気道では相手を掴むとかちょっとした動きを感じながら、そこでコミュニケーションをしている。それはスゴイなって。だから、三軒茶屋を難波さんが相棒の盲導犬ピースと歩いてくるところを映画の導入部としました。
―― 掴むということ一つにしても、コミュニケーションを取ることは難波さんにとって凄く大切なことなんですよね。
山田監督
そのために五感を鋭く研ぎ澄ますというか、そういうことが必要。確かに目は見えないけれども「喋っているあなたの顔は見えないけど、存在は分かるし、匂いであったり温度であったり色んなことを感じている」と白井さんも仰っていました。研ぎ澄ますことで実は見えている僕らよりももっと見えていたり、聴こえている僕らよりももっと聴いていたりする人たちがいる。そのことが今回よく分かりました。
見える見えないということだけではなく、その裏にある人間性というか、その方の生き方であったりで、物事が伝わっていったり、コミュニケーションが成立しているんだなと思いました。
ドキュメンタリーは被写体へのラブレター
―― 続いて、監督についても少しお話をお聞かせください。ドキュメンタリー作品にずっと携わっていたのですか?
山田監督
映画はごく最近始めました。基本的にはTVのドキュメンタリー番組制作をずっとやってきました。あまり社会性のあるテーマをドキュメンタリーでえぐるというより、目の前で起こってることや知らないことをどう素直に楽しく伝えるか。それが一番の使命のような感じがして、そんなことばかりをずっとやってきました。
その中でも一番面白いのはやっぱり“人間”。だから、“人”をちゃんと撮っていければ、それなりに面白いものができる。且つ、ドキュメンタリーは人を裁くものではなくて、僕はある種被写体になってくれた人に対するラブレターだと思っているんです。ある時間付き合って撮影させていただいたら「あの時のあなたのこんなところが素敵でした」ということをちゃんと伝えたい。それがこれまでやってきたことです。
―― ラブレター!素敵な名言です!!
山田監督
でも、片思いでそれは全然違うという方もきっといると思います(笑)。
―― (笑)。
改めてこの作品の中で“このシーンの平塚さんが好きだ”というお気に入りの場面を教えてください。
山田監督
平塚さんご自身のことをインタビューさせてもらって、その中では映画館で過ごした時間のこと、チャップリン映画を目の見えない人にも届ける活動のことなどを伺いました。その時に“なるほど、だからこの仕事をやっているんだ!”と、全てが腑に落ちた気がしました。
コロナの時代なので座席の消毒も必要ですし、この映画の為だけに「音声ガイド」づくりをやってるわけではなく、他の上映作品にも音声ガイドを入れないといけない。
そういうことが日常にある中で、今回のような大きな仕事をしている。それは本当に大変な作業だと思います。でも、平塚さん自身この仕事が好きで大切に思っているのでしょうね。そうでなければ出来ないと思います。
ユニバーサルな作品を楽しんで!
―― 最後に観客の皆さんに向けてメッセージをお願いします!
山田監督
これは決して見えない人・聴こえない人のために作った映画ではなくて、大人から子供たちまでみんなに観てもらいたいと思っています。彼らの特殊な話ではなくて、生きているすべての人に通ずる話だと思うし、他人にどうやったら想いを伝えられるのかとか基本を教えてくれると思います。
しかも、肩肘張らずに、適度に笑いながら微笑みながら観ていけると思うので、そういう意味でもユニバーサルというか、誰にでも観てもらいたいし、その中のメッセージはそれぞれ受け取っていただければ良いと思います。
「この映画を観たらこう感じてください」ということではないので、皆さんご自由に感じ取っていただければ有難いです。
―― ありがとうございました!
清水崇監督登壇!イベント情報
11月3日(木・祝)10:00の回上映後
平塚千穂子さん、特別ゲスト:清水崇さん(映画監督)
※手話通訳あり
11月4日(金)10:00の回上映後
平塚千穂子さん、白井崇陽さん、石井健介さん
※手話通訳あり
会場: 新宿K’s cinema
東京都新宿区新宿3丁目35-13 3F
TEL: 03-3352-2471
https://www.ks-cinema.com/
©️ Chupki 2021年/日本/ドキュメンタリー/90分
公式URL:cocorono-movie.com
twitter:@cocorono_film ハッシュタグ:#こころの通訳者たち
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