
全国順次公開中の映画『背中』は、『アレノ』(‘15)、『海辺の生と死』(’17)、『アララト』(‘21)など、高い文学性と街に生きる人々の生と性を独自の視線で描いてきた越川道夫監督の最新作です。
今回のインタビューでは、コロナ禍で身近な人々の死など多くの喪失を体験した越川監督が本作で描きたかったこと、役者に対する想いや映画作りの信念などを伺いました。
映画監督・越川道夫にとって役者とは
―― 前回『アララト』の取材では、主演の行平あい佳さんを美しく撮ることがテーマだと伺いました。本作では、落合モトキさんや嶺豪一さんも存在感を発揮されている中、ハナ役・佐藤里穂さんの魅力をどう引き出すかということもテーマにあったのでしょうか?
越川道夫監督(以下、越川監督)
おそらく僕が映画を撮る限りはそういうことを考えて映画を撮ります。
師匠である澤井信一郎監督(『Wの悲劇』『野菊の墓』)や相米慎二監督(『セーラー服と機関銃』『台風クラブ』)の後ろ姿を見てきた自分としては、所詮僕にとって映画を監督するということは、僕の自己実現ではないんです。
相米さんが『雪の断章 -情熱-』(‘85)の取材で「斉藤由貴さんどうでした?」と聞かれて、「このくらいの娘がスターにならなかったら、俺たちいる意味ねぇよ」と答えていて、そのインタビューを読んだ時に凄く腑に落ちた。
要するに、相米さんは作家的にあのような作品をやっているよりは、彼女たちを一人前の俳優にするために映画を撮っている。それが一利にあって、その時にどうしたらいいのかを試行錯誤して生まれたのがあの形なんだと思ったんです。
だから、いわゆる作家的なものとして相米さんを捉えると読み間違える。相米さんの映画を観た時に僕たちが感動するのは、やっぱりあの俳優たちの自由さですよね。ここまで自由に出来るのか、と。
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相米さんと同じことは出来ないですけど、佐藤里穂、落合モトキ、嶺豪一という3人がいいな、綺麗だな、イイ芝居したなと言われるために僕はやっている。
佐藤さんも初めて主演を演じる上で、自分の中ではハナのイメージが出来ていてもそれをどう表に出せば良いかが分からない。どうすれば見せることが出来るのかをとにかく毎日探り続け、「それじゃまだ足らない」と言われ、悔しくて泣き、でも毎日頑張って…。
それを落合君と嶺君が自分たちのやりたいことも含めて受けてくれました。落合君は繊細な男なのですが大型犬みたいでカワイイし、嶺君は何度も一緒にやってきて二人でああだこうだ言いながらやってきましたから。
この映画は俳優3人の話ですから、彼らが良いと言われれば僕はそれが一番嬉しいです。
それはずっと変わらないです。人間の生と死を描こうが、僕は自己実現の自意識で映画を撮ったことがない。逆にそうじゃない時、自意識にちょっと寄った時というのはろくなことがない(笑)。“お前はなんにもするなよー!!”って自分で反省します。
―― ハナはあまり化粧をせず少しふさぎ込んでいるキャラクターです。それでも色っぽいさがあり、車内の横顔のカットもすごく綺麗でした。
越川監督
映画を観てそれを感じられなかったらダメだと思うんです。いわゆるコマーシャル的な綺麗な顔を撮るものではないし、美しい画を並べていても多分そうは思わないはずです。
それはやっぱりみんなで作業しながら掘って掘って、時には悔し泣きをしながら、時には「出来た、出来た!」とお互いを称えながらやっていく末に出てくる美しさだと思うから。
車の窓のシーンは最終日のほとんどラストカットです。だから僕は嬉しい。そこまで色々な試行錯誤をしてきて、佐藤里穂がそう言ってもらえるところまで辿り着いたということが、この映画の全てなんじゃないかと思います。
そうでなかったら、本当に僕らはいる意味がないんです。お客さんは映っているもの、役者が演じるのを観に来るわけですから、僕が褒められるよりも役者が褒められなかったら僕らがいる意味がないんです。
やっぱり役者は信頼すべき何かだと思います。
人が人を喪失していくことを映画に
―― 続いて、ストーリーについて2年間音信不通の設定は、この2、3年間のコロナ禍で悶々としていた時期とちょうど重なるように感じました。
越川監督
コロナ禍で凄く色んなことを考えていました。その中でも親しい人たちが亡くなっても、その死にちゃんと立ち会えない。お会いできないままお別れをしなくちゃいけない。本来であれば亡くなった方と対面し、周りと悲しさみたいなものも分かち合い、自分もその悲しみと対面していくようなことがあったと思うんです。
それが出来なくなった時に悲しみだけが残って、それをどうすることも出来ない宙吊りな感じ、その苦しさ寄る辺なさ。自分たちの“生”というものに対しての頼りなさみたいなものがありました。
そういうことを考えている中で、病気とか死でなくても、別離とか恋人との別れでもいいんですけれど“人が人を喪失するとはどういうことなのか?”を映画にしていこうと思ったのは、コロナのことを直接書いているわけではないけど、全く無関係ではない。生活をしている上での実感ですかね。そういうものが反映された映画になっているように思います。
去年の9月に僕の師匠の澤井信一郎が亡くなり、満足なお別れをすることも出来ず、みんなから「(越川は)おかしくなった」と言われるくらい悲しんでいたわけです。その後もコロナに限らず、年配の方だけではなく、同年代も亡くなっていった。一番大きいのは大学の同期の青山真治が死んでいったにもかかわらず、悲しむことも出来ない。これは未だにしんどいです。
そういう時に考えたことが多分映画になっているんだろうという風に思います。
夢と現実を区別せず、全て映像に
―― ハナのように一人家で過ごす時間も増えました。自分と向き合う時間と言えば良い時間なのかもしれませんが、やはり孤独を感じる時間でもありました。
越川監督
一人でいると色々考えちゃうんだと思うし、一貫しないというか…。
相手のことを嫌いだと思ったり、憎んでみたり、すごく懐かしんでみたり。1秒ごとに変わっていくような不安定さの中で、目の前に人がいないというのは、その不安定さとどう付き合えるかみたいな。
でも、人間はそんなに強くないからやっぱり疲弊していくんだと思うんです。その時間が多分こういう映画になっている。
―― 具体的には、作品にはどのように落とし込んでいるのでしょうか?
越川監督
例えば、“ショウイチロウに会えたらどうするんだろう?”と妄想、空想してしまった時間や、それを夢に見た時間。それもハナというこの主人公にとっては現実だと思います。
要するに、僕たちが朝ひどい夢を見てそれに1日支配されてしまう。あれを単なる夢とは片付けられなくて、一人の人間の内部にとってそれは現実なんです。夢を見るということも一つの現実である。
それを映画の中で区別せずに、とりあえず全部画にするとどういうことになるのか。それはもともと『アレノ』(‘15)を撮った時から関心のあることで、一歩進めたような形。
とにかくハナが空想を始めたら行けるところまで続けていく。続かなくなった時に僕達がいわゆる現実という時間に戻す。だから海に行くシーンが永遠に続くのは、それだけの強さで長い間ハナが空想したということなんだと思うんです。
だけど、それはハナにとっては現実で、その中で実際にはなかったかもしれないが、ショウイチロウと例えばセックスをしたとか手を繋いだとか。そういうことは実際にはなかったのかもしれないけれど、やはりハナにとってはそれも一つの現実だろうということなんです。
芝居ですから役者はそれを全部演じるわけで全てが現実です。全部を区別せずに映画にしていくということは、割と日常を生きている僕の実感なのだと思います。
―― 夢に見る内容は現実世界の影響がありますし、夢を見て色んな感情になる私たちの世界はまさに現実です。
越川監督
そうなんです。
夢を見ているある時間というのは、一人の人間とってはリアルな時間ですから、それもまた一つの現実なんだと思います。
例えば、ムカついて“アイツを殺す”と思っているのは現実じゃないですか。実際には勿論殺さないですけど、現実として自分の身体の中に残っていくわけです。そういうことを映画は表現することが出来るんじゃないか。
だからあまり回想シーン、空想のシーン、夢のシーンを区切っていないんです。
―― この作品を観終わった後に正体不明の不思議な感覚が残りつつ、それはいつも自分が考えているごく普通のありふれたことのようにも感じました。
越川監督
割と何でもないけど、自分にとっては大事だったりする。人の心のリアルということなんですけど、それを1時間40、50分という一つの映画という時間の流れの中で表現出来ないかなと思っています。
ジェイムズ・ジョイスが書いた「ユリシーズ」は、一人の男が家に帰るまでの内的な時間だけで分厚い本になっている。“なかなか家に着かない!!(笑)家に帰るだけでも大冒険だね、人の心の中は”って。
それが文学の経験としての僕らの中にあると思うので、読みづらいけど慣れてしまえば凄く面白い。そういうものを映画の中で僕らはやり得るだろうか。そこに関心があるんだと思うし、そもそも僕に区別がついていないんだと思います。
でも、こういうのが一番僕にとってはリアルだと思うんです。
―― ありがとうございました!
映画『背中』作品情報
出演キャスト
佐藤里穂 落合モトキ 嶺豪一
山本圭将 橋本つむぎ
監督・脚本 越川道夫
配給:キングレコード 宣伝:ブラウニー
©2022 キングレコード
R-15作品
公式サイト:https://mayonaka-kinema.com/
公式Twitter @EroticaQueen21
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