『ムトゥ』に夢中<前編>映画評論家・江戸木純氏インタビュー

『ムトゥ』に夢中<前編>
映画評論家・江戸木純氏インタビュー

伝説の極楽映画が帰ってきた!
『ムトゥ踊るマハラジャ』(4K&5.1chデジタルリマスター版)

日本で公開されたインド映画史上最大のヒット作として、今なおインド映画の代名詞となっている伝説の映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』が、11月23日(祝・金)より4K&5.1chデジタルリマスターによる極上の映像と音でスクリーンに蘇りました。今回は、映画評論家で、本作を日本に持ち込んだ配給会社エデンの代表取締役の江戸木純さんに、『ムトゥ』の魅力を余すことなく語っていただきました。『バーフバリ』ブームに沸いた2018年。これであなたもインド映画に夢中、『ムトゥ』に夢中!

『ムトゥ』はマイルド

―― 20年ぶりのムトゥは圧巻でした!2018年に大流行したバーフバリに繋がるエッセンスも全て凝縮されているようにも感じました

テルグ映画『バーフバリ』とタミル映画『ムトゥ踊るマハラジャ』は同じ南インドでも、実はちょっと肌合いが違っていて、沢山見続けると違いがよく分かるんです。タミル映画の方が比較的マイルドで、『ムトゥ』はその中でも特に精神的と言うか、ある意味ほとんど宗教に近い慈愛のメッセージが込められていてタミル映画の中でも特にマイルドです。それでも、2代に渡る物語や強固な主従関係など、ベースとして繋がる部分もあると思います。基本的に『ムトゥ』は笑いあり、アクションあり、ミュージカルの派手さも含めてマサラムービーの典型的な形です。ただ、この作品に通っている幸福感、ハッピーエンドの迫力は、インド映画の中でもちょっと飛び抜けている特殊なもの。20年経って観てもあまり古くなっていない気がしますし、今回こうして映像と音を良くしたところ、メッセージの伝わり方はさらに凄くなったと思います。

『ムトゥ踊るマハラジャ』(4K&5.1chデジタルリマスター版)

『ムトゥ』は絶叫上映の原点

―― これだけ色々な要素を取り入れ、しかも2時間半を超えるのに飽きさせない面白さ。当時のインパクトたるや凄かったでしょうね

当時、実は初日まで前売り券があまり売れていなかったので心配だったんです。それが、蓋を開けたら連日満員満席の大ヒット。当時はまだ立ち見もあったので、1日3回しか上映できないんですけれど、ずっとフルキャパでした。多くのお客さんが立ち見でも見たいと。動員は毎回満席×3回を超えていました。その状態で最終日までほぼ満席でした。あの頃は今のようなシネコンはまだ少なく、単館はそこだけで上映するという約束だったので、シネマライズ1館でロングランするというやり方でしたね。『ムトゥ』の後に公開を予定していた作品は何カ月も待たされる状態が続き、さすがにそろそろということで23週で終了しました。今だったら『カメラを止めるな!』みたいに一気に100館とかに成っていたかもしれません。それくらいの勢いはありました。当時は順次全国を周り、最終的には100館以上で上映されました。上映素材もデジタルではなくフィルムだったので、本数も限られていたという事情もありました。最終的には10本まで増やしたと思います。観た方の反響や場内の盛り上がりも凄かったです。今の絶叫上映のような特に仕掛けはなくて、チラシに積極的に“楽しんで良いんですよ”と書いた程度。それでもお客さんの方で自然に拍手、喝采、足踏みが湧き上がり、上映が終わると大拍手。「ワァー!!!」と劇場が盛り上がって、まさに自動絶叫上映。その後、熱狂的なファンの方々がマサラシステムのようなイベントをやり始めて、現在の絶叫上映ブームに至っているんです。

映画評論家 江戸木純氏

映画評論家 江戸木純氏

『ムトゥ』でインドへの渡航者が5倍に!

―― リピーターの方もかなり多かったと伺いました!

『バーフバリ』もそうですが、インド映画はとにかく観れば観るほど面白いんです!最初に観た時は驚きなんですけど、何回も観ていると次にここで「歌が来るぞ」とか。ちょっと歌舞伎とかミュージカルに近いというか。見る側がいろいろ知れば知るほど、より面白くなる。『ムトゥ』が面白かったから、次はラジニカーントの他の映画を観たくなる。他の作品にも同じキャストが出ていて違う役をやっていたり。こっちで悪役だった人があっちでは良い人だったり。そんな風に観れば観るほど楽しめるから、ハマってしまう人が相当いました。さらに、そこからインド自体にハマって、インドへ旅行に行ったり、インド料理を食べに行ったり、インドのダンスを習ったり。もう人生がガラッと変わっちゃうような人たちが続出状態となったんです。
最近東洋経済の記事に南インド料理店がこの13年で10倍になったって書かれていましたけど、実際には20年前には東京に1、2軒しかなかったので、今60軒あるとしたら30倍。当時は、専門店はほとんどありませんでした。南インド料理はいわゆる日本のカレーとはまったく違って、ヘルシーなスパイス料理です。元々、日本人はカレー好きというベースはありますし、もちろん『ムトゥ』の影響だけじゃないのですが、20年間熟成されてインドの食と文化が定着してきたのだと思います。『ムトゥ』がその起爆剤のひとつになったのは間違いないと思います。
公開してからしばらくしてに、インドの観光協会の方とお話をする機会があったとき、実質的な数字はわからないけれど、彼らの感覚ではインドへの渡航者が5倍になったといっていました。当時も今も渡航者の多くはビジネスの方々なのですが、旅行として行く人が凄く増えたようです。一回行ってダメな人は二度と行かないですけど、ハマっちゃう人が結構いたそうです。

映画評論家 江戸木純氏

1998年、渋谷に謎の長蛇の列!

―― 映画館シネマライズの影響力も大きかったのでしょうか?

当時はミニシアター・ブームで、シネマライズがヒット作を次々と出していまいした。世界中から面白いものを集め、最新情報を発信していくようなイメージの劇場でした。そこからインド映画が出てくるということ自体にみんなびっくりしたと思います。映画自体は泥臭いものなんだけど、情報発信基地であるシネマライズが上映することによってどこかお洒落な作品としてのイメージも付き、感度の高い若い人たちも巻き込んでいき、映画自体のベタな娯楽映画の面白さが伝わって、中高年やシニア層も朝から並び、今度はそれを「渋谷に謎の長蛇の列!」みたいな話題で、ワイドショーが取材に来たりして、どんどん盛り上がり、話題が大きくなっていったんです。

―― 本当はこっちが王様だったストーリーって、インド人共通の憧れなのでしょうか?

インドは広いですし、宗教も民族もいろいろですので共通の云々はわかりません。こうした物語はインドに限らず世界中にあるのではないでしょか。

『バーフバリ』との違いは“復讐”

―― 兄弟関係やお母さんの存在など、バーフバリの後にムトゥを観ると、まさに原点のように感じます

『ムトゥ』が『バーフバリ』に影響を与えているかはわかりませんが、血の繋がりを超えた、育ての親という要素はインド映画には案外多いと思います。それに対する恩が物語の重要な要素となります。
『バーフバリ』はどちらかと言うと数十年にわたる愛と復讐の物語ですが、『ムトゥ』には一切復讐はありません。『ムトゥ』では、お父さんのキャラクターに作品の重要なテーマが込められています。お父さんは大地主ですが信じていた者に騙されて、「騙すより、騙されるほうが罪深い」ということで、世を捨てて祈りの世界に入っていく。ラジニカーントさん自身が、お父さんが語る台詞にこの映画のテーマが全部表れていると語っています。この映画の頃から彼は毎年ヒマラヤで修行をしていて、そこで出会った聖者とか、会った人たちの言葉とかを全部入れたのだそうです。「お金よりも大事なものがある」とか、「神は心の中にいる」とか、まるで魂の名言集とでもいえる作品になっています。仏教の精神にも近い博愛は、日本人に理解しやすいのだと思います。ラジニカーントさんが言うには、この映画は娯楽映画の形ですごく面白いんだけど、それだけじゃない所が凄くて、それがゆえにこの映画が古くならないし、インドだけじゃなくて世界的に理解されるのではないかと。『バーフバリ』は次元の違うエンターテイメントとしてよく出来ていますが、『ムトゥ』は、娯楽を超えたメッセージがきっちりと響くことで見終わった後にも残る。だから『ムトゥ』は、人生を変える影響力があるのです

『ムトゥ踊るマハラジャ』(4K&5.1chデジタルリマスター版)

他の作品なら確実に殺されている(笑)

―― ムトゥの父は「騙すより騙される方が罪深い。だから私は罪深い人間になりました」と言って出ていく。そして、「人は一人で生まれ、一人で死んでいくのに、なぜ金品を欲しがるのか」という台詞。ヒンドゥー教の教えなのか、それとも仏教なんでしょうか?

どの宗教ということではなく、宗教を超えた叡智ですね。ただ仏教の精神にも近いとは思います。“お金を持っても心の不安は治らないし、幸福はお金では買えない“というのはブッダも全く同じことを言っています。そういう物欲ではない、解決できない部分が日本人にすごくマッチしたのだと思います。歌って踊って、アクション満載で楽しいうえに、さらに人生の格言がある。インド映画のすべてがそうではなく、どちらかと言うと最後は必ず復讐して終わるというのが圧倒的大多数なんです。『ムトゥ』では叔父のアンバラッタールが最後に生き残って、手を振っているシーンがあるけど、他の作品なら確実に殺されています(笑)首を切られて殺されて、鑑賞後にはスカッとするという映画の方が圧倒的に多いんです。でも、『ムトゥ』にはそうした暴力はまったくないのです。

『ムトゥ踊るマハラジャ』(4K&5.1chデジタルリマスター版)

日本人が理解できる慈愛と許し

―― 鑑賞後に得るハッピーエンドの快感はこの映画の最大の特徴ですよね

『ムトゥ』には“許す”ことの重要性というメッセージが確実に存在します。とても許されないようなことをみんなやるけど、許される。だからこそ、この映画ではすべてが丸く収まるのです。そもそもオープニングから、みんなが幸せでありますようにって主人公が拝んでいる所から、この映画の慈愛の精神の表れです。かといってまったく説教臭くないところも素晴らしいです。
インド映画には、宗教映画というジャンルがあり、聖者のバイオグラフィーのような作品が沢山あります。ただその多くも歌が満載ですが、、『ムトゥ』のような娯楽映画の形は取っていません。神様や聖者の映画とマサラ映画、その両方の要素がミックスされた面白さこそが、よりインド映画らしいイメージとして日本人に受け入れられたのかもしれません。また、『ムトゥ』が作られた95年には多くのインド映画がすでに、大都会を舞台にジーンズにTシャツで踊っていましたが、この映画はそうではなく、基本民族衣装です。流行を追った作品は古くなりますが、この映画は古くならないのです。また、タミル語の美しさやケーララ州での民族舞踊など、南インドのドラヴィダ文化の素晴らしさを映画の中で表現している部分も、見る観光映画として魅力的でした。

『ムトゥ踊るマハラジャ』(4K&5.1chデジタルリマスター版)

―― 全部を脚色しているわけではなく、そこに息づいている文化を表現していたのですね?

インドが濃い映画でありつつ、日本人が理解できる慈愛とか許しとかの精神がエンターテイメントの中に融合している。典型的なんだけど、実は探しても似たような作品がない。20年経って色々と観ても、極めて稀なケースだと思います。だからこそ、今この作品を4K&5.1chデジタルリマスターにして世に出す意義があるのかなとも思います。

―― ミーナが連れ去られそうになった時、「お前が行け!」と王様に押されて舞台に上がっていくシーンでも、どこかコメディタッチ。全体を通じて争いのようで、本気に争うことをしていない。

アクション・シーンではブルース・リーやジャッキー・チェンなど、格闘技映画の色々な要素をうまく取り入れています。インドでもブルース・リーとジャッキー・チェンはとても人気があって、そういう影響も見られます。

『ムトゥ踊るマハラジャ』(4K&5.1chデジタルリマスター版)




無名のおじさん3時間の映画が日本で配給されるまで

―― ムトゥとの出会いは、映画祭とかではなくプライベートで訪れたシンガポールだったんですよね

20数年前、家族旅行でシンガポールへ行ったとき、リトル・インディアの小さなビデオ・ショップでたまたま出会いました。見たこともないインド映画のVHSがいっぱい並んでいましたが、まったく知識はなかったので、店番の女性にどの映画が人気があるのか聞きました。話のネタになるかもしれないと、お薦めの数本を買って見てみたらその中の1本だったこれが圧倒的に面白い。字幕もついていないタミル語のビデオでしたが、コレが凄い映画だということはわかりました。これは毎日試写室で観る映画よる断然面白いと、毎日ミュージカル・シーンを見るのが日課になりました。その後、知り合いの配給会社や映画館関係者に話をしてみけれど、日本では無名のおじさんが主演の約3時間もある映画に興味を示す人は誰もいませんでした。やがて誰もやらないなら、自分でやるしかないという気持ちになりました。とはいえ個人ではどうにもならない。どうにか協力してくれる会社が見つかり、約2年かかってどうにか日本公開が実現しました。

『ムトゥ踊るマハラジャ』(4K&5.1chデジタルリマスター版)

絶対ヒット!関わるとハッピー!観た人もハッピー!!

―― 配給するまでの道のりは険しかった?

その頃はまだインド映画はまったくマーケットに出てきませんでしたので、権利者を探し出すのは案外至難の技でしたが、幸運にも権利者と直接コンタクトが取れ、買い付けまでは話はトントン拍子に進みました。
初めてプロデューサーに会った時に言われたのは、「日本から連絡が来るのを待っていた」でした。なんでもサティア・サイババにそう予言されていたそうです。最初はこの人何を言ってるのかな?って思ったんですけど、真面目な顔をして、絶対ヒットするし、関わるとハッピーになるし、観た人もハッピーになる映画だと。この映画にはそういう、いい“気”があるというのです。そして、その通りになりました。
当時はまだ、インドとのビジネスはトラブルが多く、映画も権利は自分が持っていると主張する人が沢山出てきたりと、大変なことになる作品も少なくないのですが、この映画にはそれはまったくありませんでした。

『ムトゥ踊るマハラジャ』(4K&5.1chデジタルリマスター版)

今回の4K版の公開日は日11月23日でした。実はその日はちょうどサティア・サイババの誕生日なんです。これはまったくの偶然で、劇場からこの日しか空いていないって言われて決まったものなのですが、インドのプロデューサーに公開日は11月23日だよと伝えたら、驚いて。その日はサイババの誕生日で特別な日だと。インドでは生誕祭のお祭りをやる重要な日なんです。この映画はやっぱり祝福されていると大喜びでした。今回の4K&5.1ch化は1年以上前から進んでいた企画ですが、何しろ20数年前の映画ですから、ネガや音源をきっちり集めるのが大変でしたが、日程が決まった途端に嘘みたいに全部見つかって、一気に進んだんです。もう作り話みたいですけど、本当の話です。

映画の中に「成るも運、成らぬも運」という台詞が何回も出てくるんですが、それと同じで、頑張ってもダメなときは全然ダメなんだけど、進みだすと全部うまくいく。インドとの仕事はなんでもそうなんです。20年以上付き合ってきて『ムトゥ』は本当に運に恵まれた映画だと感じています。そして、この映画には見た人を含め、関わった人々をハッピーにする不思議な力があります。ぜひ多くの皆さんにその幸福を受け取っていただきたいと思っています。

映画評論家 江戸木純氏

『ムトゥ』に夢中!江戸木純氏インタビュー<後編>に続く!

江戸木純インタビュー第1弾はこちら!
「ムトゥ 踊るマハラジャ」から20年 インド映画が再び日本全国を席巻する「バーフバリ 王の凱旋」降臨
https://tokushu.eiga-log.com/interview/3671.html

『ムトゥ踊るマハラジャ』(4K&5.1chデジタルリマスター版)予告編動画

『ムトゥ踊るマハラジャ』(4K&5.1chデジタルリマスター版)作品情報

■公開情報
2018年11月23日(祝・金)より新宿ピカデリーほか、全国順次ロードショー!!
■公式サイト
http://www.muthu4k.com/
■コピーライト
©1995/2018 KAVITHALAYAA PRODUCTIONS

歌って、踊って、恋をして。
一生楽しいウルトラ・ハッピー大娯楽映画!これが伝説の“見る極楽浄土”。





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