映画『二宮金次郎』五十嵐匠監督

映画『二宮金次郎』
五十嵐匠監督インタビュー【前編】

小学校の校庭に必ずと言っていいほどあった金次郎像。薪を背負って勉学に励んだあの少年が、その後、600以上の村の復興を手がけたことを皆さんはご存知でしょうか。
今回、二宮金次郎の知られざる功績にスポットを当てたのは『アダン』『長州ファイブ』が東京国際映画祭に正式出品された名匠・五十嵐匠(いがらし しょう)監督。スタッフには、プロデューサーと脚本に、『武士の家計簿』の永井正夫氏と柏田道夫氏のコンビが再タッグ。音楽は『半落ち』の寺嶋民哉氏、撮影は『蝉しぐれ』の釘宮慎治氏とベテラン映画人が集結し、骨太のエンターテインメント映画『二宮金次郎が誕生しました。
6月1日から恵比寿・東京都写真美術館ホールにて公開される本作の公開を記念し、五十嵐監督に二宮金次郎の人物像や映画作りの醍醐味などたっぷりとお話を伺いました!

―――― 「勤勉」の象徴でもあった二宮金次郎ですが近年はその影が薄くなっているように感じます。これは日本人の理想像が変化したということなのでしょうか?

映画『二宮金次郎』五十嵐匠監督

五十嵐匠(いがらし しょう)監督

五十嵐匠監督
二宮尊徳(二宮金次郎の諱(いみな))の教えの一つに『分度(ぶんど)』ってありますよね。つまり、身の丈で暮らすということですが、今、身の丈で暮らすということ自体なかなか出来なくなってしまっているような気がします。
僕の若い頃は、みんな貯金をしようとか、腹八分目とか。目一杯食べるんじゃなくて二割だけは残しておこうとか、魚を獲るにしても、八割は獲って二割は残しておいて後で獲ろうとかってあるじゃないですか?今そういうのが全くなくて、中国の爆買いと同じ様に“もっと、もっと”となっています。
この映画のポスターのキャッチコピーにあるように“またこの男の出番がやってきた!”いわゆる“ちょっと待てよ”と。その“もっと、もっと”ではなくて、少しそれを抑えて余力を残しておいて、その余力が沢山集まるとデカクなると。そういう考え方がかつての日本人にはあったんだけど、今はやっぱりなくなってしまったのではないかと思います。
中国では、北京大学でも二宮尊徳が相当勉強されていて、ブームになっているんです。
よく言われたのが「何で今さら二宮金次郎なんだ?」と。二宮金次郎の映画なんて修身の教科書(第二次世界大戦前の日本の小学校における科目の一つ)の臭いがするし、凄い教育的で、あまり面白くないんじゃないかと言われて、いろんな映画会社に持って行ってもエンターテインメント性がないとか、女性が出てこないとか言ってけられるんです。僕の『地雷を踏んだらサヨウナラ(1999年)』の時も「何で戦場カメラマンの映画を創るの?」ってよく言われたものです。
※分度(ぶんど):人には決まった収入がある。それぞれの人がその置かれた状況や立場をわきまえ、それにふさわしい生活を送ることが大切であるという教え。収入に応じた一定の基準(分度)を決め、その中で生活する必要性を説いた。

―――― 二宮尊徳(役:合田雅吏氏)の実像に迫りたいと思います。尊徳の凄さについて教えてください。

二宮尊徳(役:合田雅吏さん)

五十嵐匠監督
二宮尊徳の凄いところって、これからお札になる渋沢栄一と同じようなことだと思っているんですよ。渋沢の著作である『論語と算盤』には、論語を読んで人格形成をして、算盤で経済を興していく。つまり、精神的なものと経済とは繋がっているっていう風に彼は考えているんだけど、二宮尊徳もそうで、ただ道徳だけじゃないというところが深くて興味を覚える。
つまり、道徳と経済というものが二つ両柱であるんですよ、この人は。だから、この人が嫌いなのは学者さんなんです。何故かって言葉が先行するから。実行というものがない。二宮尊徳は「道徳なき経済は犯罪である。経済なき道徳は寝言である。」と言っています。要するに、日本近代経済の父と言われている渋沢栄一も論語によって人格を磨いて、算盤で興した経済を社会に有意義な使い方をせよと言っているんです。つまり道徳と経済は同じものであると二人は感じているのだと思います。
日本人はお金のことって中々言えないじゃないですか。だけど尊徳は決してお金のことを言うことは恥ずかしいことではないと、そこがこの人の凄いところです。
何で彼がそんなことを思ったかと言うと、彼の幼い頃の貧しさなんですよ。酒匂川(さかわがわ)の洪水で家を全部失って、お父さんとお母さんが死んで、兄弟離れ離れになりますよね。今考える貧乏とは桁違いなド貧乏になるわけです。それでアルバイトしますよね、薪拾いの。それでお金を貰いますが、この金を握った尊徳のお金に対する執着は相当だったと思います。それが後年、尊徳が道徳と経済を結びつけている一つの基盤になるわけです。

―――― 貧しさを知っているが故に、貧しい人の立場・目線で物事を考えることが出来るんですね。

五十嵐匠監督
そうですね、だから簡単にはブレないんです。幼い頃の基盤があるから。だから強いんです。どんなことがあっても今では考えられないくらいの貧乏を経験しているから揺るがないですよね。

―――― 一方で、尊徳は侍・豊田正作(役:成田浬氏)氏と衝突します。でも、豊田がいなければ尊徳も誕生しなかったのではないでしょうか?史実かどうかも含めて教えてください。

五十嵐匠監督
豊田は実在の人物なんです。二宮は結構したたかな人物なんですよ。二宮は、各家のぞき穴から中を見て、農民たちが働いているかどうかを見ていました。やっぱり嫌な男ですよ。その当時、農家のトイレは外にあったでしょう?トイレまで行くんですよ。で、汚い話ですが、汚物を見て何を食べているか調べる訳ですよ。ここの家庭はこのぐらいのレベルのものを食べているんだと、リサーチするわけですよ。それで、田んぼがどのくらいあって、その収穫はどのくらいで、年貢がどのくらいで、家族構成など、何から何まで全部丁寧に書きました。それを村々全部やるわけですよ。それをもって、殿様にプレゼンするわけです。当時、百姓あがりの二宮が殿様に謁見して、年貢を安くしろなんて、普通なら打ち首のようなものです。でも、名君の大久保忠真(ただざね)は、二宮のプレゼンが素晴らしいから、そこまで調べているから「分かった」と言って年貢を減らすんです。つまり、二宮が上になるためには忠真というバックグラウンドがいなければ上にまで行けなかったんですね。
あと、二宮は成田山の新勝寺に籠りました。実際失踪したんですよ。本当は2、3か月失踪したんだけど、その期間中どこに行って何をやったかっていうことは、記録には残ってない。一つ、弟の友吉の所に行ったというのは聞いているわけですが、後は全く分からない。ということは、その部分は私たちが創れるわけですね。僕が脚本家の柏田道夫さんに話したのは、「単に仕法(やり方・方法。二宮尊徳の創始・唱道した生活様式を報徳仕法という)が駄目になって豊田に負けたから二宮は新勝寺に行った、ということでは非常に一元的で面白くない。本来、非常にしたたかな男だから、百姓達を試すんじゃないかなと僕は思う。」つまり、先生がいなくなったら自分が教育した生徒がどうするのかを見たんではないかと思ったんです。わざと突然いなくなる。彼(二宮)は、今までいろんなことを教えた百姓達はどういう動きをするのかな?ということを、どこかで思っていると僕は思うんですよね。実際どうだったかは分からないけど、僕の中ではね、そういうしたたかさがないと復興なんてできないと思ってあのシーンは考えています。

―――― 豊田だけではなく大久保忠真(役:榎木孝明氏)の心眼がなければ、二宮はいなかったということですね。

五十嵐匠監督
そうですね、もっと言えばお父さん(利右衛門)です。お父さんは学校に行ってないでしょ?ということは何も勉強していないんですよ。だけど、二宮は、相当な読書家だったお父さんの本を全部読んでいる訳です。お父さんは学校には行ってないんだけど、『大学』などその当時の四書五経(ししょごきょう)を何冊も何冊も自分の息子にやるわけです。そうすると二宮はそれを毎日読んで、それが自然と勉強になるわけです。で、その勉強と実学というか、金をアルバイトで持つというこの二つこそ二宮尊徳がこういう風に生きた一つのきっかけなんですよね。だから、勉強だけじゃない、そこがね、やっぱりある意味、今大事だと思います。今、皆学ぶだけなんだけど、体で覚えてそれを思想とするという人は中々いないですよ。口先だけじゃないですか?皆。今の政治家もそうだけど。やっぱり動くというのが中々出来ないから。
※四書は「論語」「大学」「中庸」「孟子」、五経は「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」をいい、「楽経」を含めて四書六経ともいう。

―――― キャスティングについて教えてください。

新勝寺・照胤(役:田中泯さん)

五平(役:柳沢慎吾さん)

岸右衛門(役:犬山ヴィーノさん)

五十嵐匠監督
二宮役の合田君以外は土の匂いのする人。土の匂いのする人って、今少ないんですよ。皆イケメンでツルッとしてるから。何か、いい匂いがしている感じがするじゃないですか。ボディソープでなく、石鹸で洗っているような人が僕は好きなんです。
田中泯さんとかね、匂いがするんです。あと、綿引勝彦さんとか、柳沢慎吾君とか、犬山ヴィーノさんとかやっぱり匂いするじゃないですか。やっぱりそういう役者って今あんまりいないんですよ。

―――― それだけの豪華なキャスト陣でありながら、劇中の栃木弁は地元の方の発音に聞こえました。

五十嵐匠監督
方言は本当に大事です。そういう風に聞こえるのはやはり土の匂いがするからですよ。言葉も土の匂いがするものです。
やっぱり土の匂いがするってこの映画では大事なんです。方言指導を付けてテープ渡して、それで勉強して頂くんです。ただ、合田君と妻・なみ役の田中美里さんはやっぱり小田原から来ているという設定だから、標準語にしました。

妻・なみ(役:田中美里さん)

―――― 尊徳の教えについて教えてください。尊徳は豊田との衝突後に「一円観」という考え方に行き着きます。

※一円観:この世で相対するものはすべてが互いに働き合い、一体となっている。だから決して切り離して考えるのではなく、両方を合わせて一つの円とし、一つの円の中に入れてみるという考え方。

五十嵐匠監督
反対する人は反対する理屈があるんだ、ということをちゃんと分かるということ。ただ反対しているだけで拒絶ではなくて、この人はこういう理屈だから反対しているんだってことをちゃんと感得するっていうところがあるんでしょうね。

―――― 自分の現在置かれた境遇は、本当は環境だったり周りの眼が不幸にさせていた部分もあるし、そこをキチンと会話できるきっかけをむしろ豊田が与えてくれたのではないでしょうか?

豊田正作役(成田浬さん)

五十嵐匠監督
そうです。僕は豊田を悪者としては描いていないんです。そうじゃなくて、あの人は公務員だから。公務員として任地に来て、公務員として普通のことをやったまでなんだけど、二宮のやり方とはぶつかっちゃっただけなんですよ。だから、邪魔しようというよりもあんたのやり方は公務員的にはちょっと違うんだよっていうところでぶつかっているということを二宮は分かるんです。

―――― この辺の件(くだり)は実話ではなく創作ですか?

五十嵐匠監督
いや、そうでもないんですよ。多分、お互い似ているところがあるんですよね。だからそいつが嫌いになるんです。例えば、自分の親父に似ているところがあると、親に反発して嫌だと思うじゃないですか。豊田も二宮と同じようなことをしたいんですよ。だけど、自分が侍出身ですよね。二宮さんは百姓です。自分がやりたいことを百姓がドンドンやっていくことに対して、自分としては顔を見るのも嫌なぐらいになるわけです。だから、多分、豊田としては自分と似ているからこそ嫌いなんだけど、一旦ぶつかってしまったらあとは近寄るんですよ。
だから、僕は豊田が好きですよ。結構豊田に共感する人はいると思います。

―――― 豊田を演じる成田浬(なりたかいり)さんの迫真の演技には凄い圧力を感じました!二宮とぶつかり合ったシーンについてエピソードを教えてください。

五十嵐匠監督
成田さんはそれを聞いたら喜びますよ。実際にご自分の頭を剃りましたからね。 あれはカツラじゃないですよ。ここ(側頭部)全部剃っちゃったから、いつも毛糸の帽子を被って。そこまでかけていたんでしょうね。
(豊田が)一旦腹でおさめて帰ろうとするんだけど、どこかでボンと弾けてダーッと走って行くシーンは、成田君は成田君で考えていたんですね、色々と。僕は、俳優さんには好きに一回やってもらいます。彼がやろう(豊田が二宮の顔を踏みにじる)とした時に、一旦引くから、フゥッとなった時にボーンと来た方がきついじゃないですか。最初、曲も全部あそこにかけていたんです。そうすると面白くない。一旦そこで曲を止めて、また曲が流れるような。役者さんは皆考えて来るんです。明日はこういうシーンだから自分はこうしようと。で、考えて来ると現場で雨が降ったり、共演者と実際に演じるとドンドン崩れていくんです。崩れた方が面白くなる。映画はいろんな化学反応が起きて芝居が変わるから面白い。

映画『二宮金次郎』五十嵐匠監督

後編に続く!

■出演
合田雅吏  田中美里 成田浬
榎木孝明(特別出演)柳沢慎吾  田中泯
■監督
五十嵐匠
公式サイト:ninomiyakinjirou.com

■上映館
6月1日(土)〜6月28日(金)東京都写真美術館ホールにて公開ほか全国順次
東京都写真美術館ホールでの上映時間
火・水・日 10:30〜、14:00〜
木・金・土(22日(土)を除く) 10:30〜、14:00〜、18:30〜

■予告動画

■あらすじ
幼い頃、両親が早死にし、兄弟とも離れ離れになった二宮金次郎―—。青年になった金次郎(合田雅吏)は、文政元年(1818年)、小田原藩主・大久保忠真(榎木孝明)に桜町領(現・栃木県真岡市)の復興を任される。金次郎は、「この土地から徳を掘り起こす」と、”仕法”と呼ぶ独自のやり方で村を復興させようとするが、金次郎が思いついた新しいやり方の数々は、金次郎の良き理解者である妻・なみ(田中美里)のお蔭もあり、岸右衛門(犬山ヴィーノ)ら一部の百姓達には理解されるが、五平(柳沢慎吾)ら保守的な百姓達の反発に遭う。そんな中、小田原藩から新たに派遣された侍・豊田正作(成田浬)は、「百姓上がりの金次郎が秩序を壊している」と反発を覚え、次々と邪魔をし始める。はたして、金次郎は、桜町領を復興に導けるのか?

(c)映画「二宮金次郎」製作委員会


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