柳沢慎吾にフェデリコ・フェリーニの名作『道』をリクエスト!映画『二宮金次郎』 五十嵐匠監督インタビュー【後編】

柳沢慎吾にフェデリコ・フェリーニの名作『道』をリクエスト!
映画『二宮金次郎』
五十嵐匠監督インタビュー【後編】

6月1日から恵比寿の東京都写真美術館ホールにて公開中の映画『二宮金次郎
前編】インタビューでは、「道徳なき経済は犯罪である。経済なき道徳は寝言である。」と言っていた二宮尊徳の人物像に迫りました。
【後編】は、貧しさから博打に明け暮れる五平を演じた柳沢慎吾さんへの演出や撮影現場でのエピソードを振り返っていただきながら、五十嵐匠監督の映画作りのこだわりを徹底解剖!さらに、豊かさや映画の魅力についても言及していただき、今の時代を生きる皆さんに五十嵐監督からの力強いメッセージをお届けします。

―――― 柳沢慎吾さんは舞台挨拶などでも盛り上げ役としてとても面白い方です。撮影中のエピソードを教えていただけますか?

五平役 柳沢慎吾さん

五十嵐匠監督
柳沢君の本番に入った時の集中力はすごいものがあります。いろんなタイプの役者さんがいるんですよ。作り込んでくる人はそんなことやらないから。ボクサーみたいにずっと椅子に座って出番を待つ人もいれば、馬鹿話をしてスタッフを笑わせて、ヨーイってなるとガラッと変わる人も色々います。
柳沢君の役は脚本には少ししか出ていないんですよ。でも、僕は彼が演じると決まってから、結構シーンを増やしているんです。彼(五平)が変わっていく過程を入れているんです。最後はあそこで泣くじゃないですか、あそこが彼のポイントなので。

―――― 五平は絶望の果てに彼なりの人生の歩み方を選んだということが分かった。二宮に従うことで自分も幸せになれると思った。

五十嵐匠監督
最初に五平と二宮が出会った時に、二宮は「五平さん」って名前を呼ぶじゃないですか。五平は今まで百姓連中から自分の名前を呼ばれたことがないと思うんですよ。つまり天涯孤独で背中が曲がっていますよね?
貧乏でカルシウム不足で、日が当たらないところで生活し、ずっと家に居て、嫁ももらわず、一人で博打やっているわけじゃないですか。そうすると誰も鼻もひっかけないんです。その五平が生まれて初めてわけ分かんない人から「五平さん」って名前を呼ばれたじゃないですか。そこで、「五平さん」って名前を呼ばれたら柳沢君は「はい」って答えるんですよ。あの「はい」は脚本にはないわけ。(脚本では)黙っているわけ。でも、柳沢君は初めて他人から自分の名前を呼ばれたことに対して、つい「はい」って言ってしまった。
その時、栁沢君は五平という役を生きているんだなと思いました。
五平の中にあるモノはやっぱり純粋なモノなんです。そこで多分二宮は五平という男を通してこの村は決して悪い村ではないんじゃないかということをなんとなく分かるんです。五平は漢字も書けない男なんですが、二宮の背中を見ることによって少しずつ彼の中で希望が見えてくるんです。だから希望が見えた時に「俺もなりてぇ、本百姓」っていうじゃないですか。そうすると「おメエなんてなれる訳ないじゃないか」と言われる。で、少しずつ少しずつ変わって、二宮と豊田の対決の時に二宮が土を握りしめて命を懸けていると言った時に五平もそうするじゃないですか。そういった少しずつの五平の変わり様を脚本の中に入れたんです。最後の最後にガーッと泣くっていうのが彼の底にある綺麗な水が出たっていう風にしました。

―――― 涙があふれ出た時の五平の台詞がとても良かったです。

五十嵐匠監督
勉強していないから、学がないからもう理屈じゃないんです。だけど、何か知らないんだけど五平の涙と百姓達の涙とは多分違うと思うんです。
フェデリコ・フェリーニ監督の『(1954年 伊)』で、最後ザンパノは愛するジェルソミーナが亡くなって海辺でバーッと泣くんですけど、あれもそういうイメージがあったんです。撮影の二日目にクライマックスのシーンの撮影で、それを柳沢君に言ったらびっくりしていました。まさかそういう芝居をさせられるとは思わなかったわけだから。でも、柳沢君が凄いのはやってくれるわけですよ。僕は撮影二日目のクライマックスの撮影でそういう風な芝居をしてくれってことでケツ合わせにしてくれっていう風に暗黙の了解で演出したつもりでした。こういう人間をあなたはこれから演じるんだよっていうことを言って、そこからだんだんここまで来る人の計画を立ててくれってことをバックで僕は言ってるつもりでした。彼はその監督の意図を受けてくれたんです。

―――― 最後から遡って演じていくというのは分かり易くもありますが、最後を演じること自体が難しいことですね。

五十嵐匠監督
最後はそうなるんだっていうところから、その後、ヤクザみたいな最初の出会いを撮影しました。
普通それは出来ないです。順撮りで段々変わっていく方がやりやすいけれど、そこは長いキャリアがモノをいってると思います。

―――― 柳沢さんに笑わされたことはあっても泣かされたことはなかったんですが、込み上げて来るものがありました。

五十嵐匠監督
ネット上の感想でもありましたね、柳沢さんで泣くとは思わなかったって。
凄く存在感がある人なんですよ。役者と監督って暗黙の了解があって、脚本の読み合わせで僕が「あ!背むしにしましょうか。じゃここに座布団入れて芝居しましょうか」となった時に彼が何て言ったかっていうと「じゃ、歯汚しましょうか」ってなるわけですよ。そうすると、歯を汚して、じゃあ指の中に土入れようかと。そういう風に暗黙の了解で、面白くなるわけです。

―――― 1つ伝えたら10理解して返してくれるみたいなところですね?

五十嵐匠監督
そう。僕は必ず百姓は分けているんですよ、本百姓、水呑百姓、小作人と。小作人は土仕事しているから、指の爪に沢山土が入るんですよ。そうすると役者連中は僕の方に来て「監督、これでいいですか?」と見せてきて、僕も、「もうちょっと土入れた方がいい」とか、「本百姓はあんまり畑仕事をしていないから綺麗でいい」とか返せるんです。で、下の小作人は歯を磨いていなかったから、歯を汚すとかランク付けしました。金を持ってない人は褌(ふんどし)一つだし。本百姓になるとちゃんと着流しになって、パッチをはいていたりと全部ランクがあります。皆が集まるシーンでは、本百姓は土地を持っているから前に来る、だけど小作人は自分の田を持っていないから戸口にいる。
百姓たちにも格差があって、所謂カースト制度だったわけです。

―――― 最初のシーンで獅子舞を観ることさえできない二宮は奴隷の様な状況にも見えました。貧しさを経験しているからこそ相手と共感が出来る、逆に豊かだと見られないということになるのでしょうか?あわせて、監督は豊かさをどのように考えますか?

五十嵐匠監督
何を豊かと言うかによると思うんですよね。お金があれば豊かというのでもないような気もします。昔は中流ってあったけど、ごそっとその中流が抜けて、今日本でも格差が広がっています。つまり、いい学校に行こうとしても、昔は公立で頑張れば東大に行けたんだけど、今は塾に通わなければ東大に行けないとかっていう、そういうどうしようもない格差ってあるじゃないですか。
だからその中で豊かさをどう見つけるかっていうのは、これだけ多様化すると、やっぱり一つの価値観で言えない感じがするんですよね。それぞれの豊かさっていう風にしか思えない感じがするよね。
以前、『ナンミン・ロード(1992年)』っていうベトナムのボートピープルの映画を撮りました。皆、難民っていうと非常に貧乏臭いと、十把一絡げに思うんだけど、僕がベトナムに4、5年ずっと通っていた時のことですが、難民としてベトナム サイゴンから戦争によって出国する人達というのは、皆、警察署長とか政治家の長男坊なんです。学力レベルの凄く高い人達が、金の延べ棒とガソリンを持って、船で出るんですよ。日本人は難民というと貧乏くさい、何百人も船に乗っていると思うんですけど、彼らは南ベトナム政府の公人とか上の人の長男坊で非常に頭のいい人達だから、ベトナムからすると頭脳流出なんです。
だから、僕が何を言いたいかと言うと、要するに多様化、つまり一つの豊かさで括られない何かがあるんじゃないかなって思うんです。
青森の中学校3校、約1,000人にこの映画を観せたんです。そうしたら凄く面白かったのは、やっぱり泣くんですけど、「新鮮だった」って言うんです。映画館みたいな一つの会場に集まって皆で時代劇という映画を観た経験って無いんです。時代劇という映画を皆で同じ方向をみて観る新鮮さがあったと結構言われました。『るろうに剣心』のような時代劇もあるけど、こういう正統派の時代劇って若い子は見たことがないんです。

―――― でも、経験も少なく豊かな生活をしている子供たちにとっては劇中の貧困さをみても何が起きているか理解出来なかったということはありませんか?

映画『二宮金次郎』五十嵐匠監督

五十嵐匠監督
うん、できないでしょうね。でも映画って面白くて、全部が全部、理解する必要は全くなくて、残る何かがやっぱりあるじゃないですか。あのシーンのあの台詞は分かっているとか。それが映画の凄いところで。テロップなどで分からせようとすると、子供たちには逆に残んないと思うんです。少し分からないところを印象に残してもらうという所は、映画の醍醐味だと思う。だからジブリの作品は大人向けに創るじゃないですか?でも子供が観客として来るんですよ。そこは凄いところですよね。

―――― 最後に映画ファンに向けてメッセージをお願い致します。

五十嵐匠監督
小学校にあった銅像で有名な幼少期の二宮金次郎は皆さんご存知だと思うのですが、僕はその後の青年期に何をしたかというところに非常に興味があったんです。僕は東北出身なもんで、東日本大震災があった時に、例えばインフラだけの復興ではなくて、心の復興というか、故郷をなくして帰れない人達とかそういう復興というものの大変さとか、簡単には出来ないことを、二宮金次郎というのは170年前に自分で命を懸けて、死ぬまで600以上の村をどんどん復興させていきました。その姿というのは、今、何故、二宮金次郎なのかではなくて、今だから二宮金次郎なんじゃないかなって思いますので、是非観ていただければと思います。

映画『二宮金次郎』五十嵐匠監督

 

編集部より

「凄い人」と「偉い人」の違いは明白だが、これまで二宮金次郎は薪拾いしながら勉学に勤しむ「凄い人」だと思っていた。この作品で描かれる実像の二宮金次郎はまぎれもなく偉人であった。
人生のドン底を経験したら、その後の人生で人は何を拠り所として生きるのだろう?
二宮金次郎は「わが道は至誠と実行のみ」という言葉に忠実に生きた人だった。

凄すぎて偉すぎる人物像に、私達はそもそも届かない領域だと諦め、自分以外の人物像として距離を置く。でもどうだろう?お金持ちという環境にはそもそも届かないが、金次郎の置かれた環境は壮絶ではあったが貧乏だったということだ。

五十嵐監督は「今だからこそ二宮金次郎なんです」と伝えてくれました。
真の復興が進んで、皆の笑顔が広がっていくように、今この現実に向き合った時、二宮金次郎が歩んだ道を一歩でもいいから歩んでみようと、そう思わせてくれた作品です。
是非劇場で観てみて下さい!

6月1日(土)~6月28日(金)東京都写真美術館ホールにて公開中ほか全国順次

■出演
合田雅吏  田中美里 成田浬
榎木孝明(特別出演)柳沢慎吾  田中泯
■監督
五十嵐匠
公式サイト:ninomiyakinjirou.com

■上映館
6月1日(土)〜6月28日(金)東京都写真美術館ホールにて公開ほか全国順次
東京都写真美術館ホールでの上映時間
火・水・日 10:30〜、14:00〜
木・金・土(22日(土)を除く) 10:30〜、14:00〜、18:30〜

■予告動画

■あらすじ
幼い頃、両親が早死にし、兄弟とも離れ離れになった二宮金次郎―—。青年になった金次郎(合田雅吏)は、文政元年(1818年)、小田原藩主・大久保忠真(榎木孝明)に桜町領(現・栃木県真岡市)の復興を任される。金次郎は、「この土地から徳を掘り起こす」と、”仕法”と呼ぶ独自のやり方で村を復興させようとするが、金次郎が思いついた新しいやり方の数々は、金次郎の良き理解者である妻・なみ(田中美里)のお蔭もあり、岸右衛門(犬山ヴィーノ)ら一部の百姓達には理解されるが、五平(柳沢慎吾)ら保守的な百姓達の反発に遭う。そんな中、小田原藩から新たに派遣された侍・豊田正作(成田浬)は、「百姓上がりの金次郎が秩序を壊している」と反発を覚え、次々と邪魔をし始める。はたして、金次郎は、桜町領を復興に導けるのか?

(c)映画「二宮金次郎」製作委員会


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