映画『ジョアン・ジルベルトを探して』

満席続出!
『ジョアン・ジルベルトを探して』
ジョルジュ・ガショ監督【インタビュー】
「彼は常に幸せだった」

「イパネマの娘」「想いあふれて」などボサノヴァファンでなくとも誰もが耳にしたことのある名曲を世界中に届けたブラジルの伝説的ミュージシャン、ボサノヴァの神様、ジョアン・ジルベルト
ドイツ人ジャーナリストのマーク・フィッシャーはジョアン・ジルベルトに会うため、リオ・デジャネイロに出向いた顛末を描いた1冊の本を執筆しますが、残念ながら彼はこの世を去ってしまいます。その本を手にしたジョルジュ・ガショ監督がマークの夢を実現すべく、彼の足跡をたどりながらどうにかしてジョアン・ジルベルトに会おうと、ブラジル中を尋ね歩く旅を記録したドキュメンタリー映画『ジョアン・ジルベルトを探してが8月24日より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAにて全国順次公開されています。初日から大勢のお客様で満席の回も続出しているスマッシュヒットとなった本作。7月頭にプロモーションで来日したジョルジュ・ガショ監督に、ブラジルの旅を振り返っていただきました。

映画『ジョアン・ジルベルトを探して』

ジョルジュ・ガショ監督

―――― ジョアン・ジルベルトを探した旅はいかがでしたか?

ジョルジュ・ガショ監督
これまでブラジルに関する映画を3本作っていたので私の中ではブラジルはもうこれで終わりなんだな、終結できたと思っていました。そんな時、フィッシャーの本と出会い、その本を読んだことで、もう1本ブラジルに関する映画を撮ることを決意しました。
今回の旅は確かにフィッシャーの足跡を辿るということで行われたわけですが、私自身もジョアン・ジルベルトに会いたいと思っていました。

ドキュメンタリー映画『ジョアン・ジルベルトを探して』

―――― 日本では「イパネマの娘」など60年代から70年代に大ヒットした模様ですが、監督の故郷フランスではいかがだったのでしょうか?

ジョルジュ・ガショ監督
私がブラジル音楽に関心を持って、聴くようになったのは1998年頃でその時に私はもう30代半ばでした。その前はブラジル音楽のことは知ってはいましたが、それほど高い関心を持っていませんでした。ですから比較的遅いタイミングで私は出会っています。
私はブラジル音楽に限らず色んな音楽を聴いていましたが、特別の関心を抱くようなものにはあまり出会えていませんでした。ただ、98年頃にブラジル音楽に出会い、その時は「もっと早く出会っていれば!」と思いました。

―――― 監督がブラジル音楽と出会ったのは98年頃ということですが、フィッシャー氏が日本人の友人を訪ね、ジョアン・ジルベルトの音楽と運命の出会いを果たしたのはどんなタイミングだったのでしょうか?

ジョルジュ・ガショ監督
マーク・フィッシャーは当時ジャーナリストとして活動していて、日本に何回か来日し、日本に関するレポートを書いていたようです。その際はいつもその友人の自宅に寄宿していたそうで、彼らはそういう友人でした。

―――― 来日された時は、何かに悩んでいるようにも見えたのですが、もし当時の様子をご存知でしたら教えてください。

ジョルジュ・ガショ監督
彼が本の中に書いているのですが、ガールフレンドがいてその娘と別れたので、彼女を忘れるために日本に来日しています。結局はその逆の結果になってしまい、離れたことで余計に彼女のことを思い出してしまったようです。

―――― 音楽の話に戻るのですが、イギリスでは1960年代にスウィンギング・ロンドンというムーブメントが起こっています。ブラジルでもそういった音楽による革命が60年代に起きていたのでしょうか?

ジョルジュ・ガショ監督
確かにそういった動きはブラジルでもありました。
ジョアン・ジルベルトがボサノヴァを作り出したのが58年だと言われています。そこから62年までの4年間くらいがボサノヴァが凄くブームになりました。
それを追うようにして64年くらいからカエターノ・ヴェローゾなどが中心となったいわゆるトロピカリスモという動きがありました。それはブラジルの伝統的な音楽をロックやギターなどと混ぜたような、ある意味では悪趣味とも言えるような新しい楽曲の音楽が誕生していきました。

―――― イギリスでは、若い人たちの鬱積したエネルギーが爆発して60年代の音楽が作られていった様です。ブラジルでは、なぜこのようにボサノヴァなどの音楽が開花したのでしょうか?

ドキュメンタリー映画『ジョアン・ジルベルトを探して』

ジョルジュ・ガショ監督
64年に独裁政権が誕生し、それが長く続くわけです。
その中に於いて、前述したトロピカリスモの代表的なアーティストであるカエターノ・ヴェローゾなどの大変影響力のある音楽家が出てきて、既存の音楽を全て潰そう、革命的に変えようとしていったわけです。
彼は自分のそういう運動のことをカニバリズムと呼んでいました。それはどういう意味かと言うと、単に人間を疑るとかではなくて、全てを呑み込んで、全てを変えてしまうという力が彼の運動にはあったということなんだと思います。
例えば、彼はシナトラのようなアメリカ音楽もカバーしますし、日本にまでその影響は及んでいたわけです。そういった意味で彼の運動というのは、革命的なカニバリスティックなものであると言われ、そして大きな変革を起こしたと言われています。
最終的には彼はボサノヴァ、つまりジョアン・ジルベルトが作ったボサノヴァまでも呑み込もうとしていたんです。
最終的にヴェローゾとジルベルト・ジル、それからシコ・ブアルキなどは独裁政権によって追放のような形で国外に出されてしまい、ロンドンを中心に活動をしていました。数年後、ようやく国に戻ることが出来ました。

―――― とても勉強になります。作品に戻りたいと思うのですが、ドキュメンタリーとして撮られていますが、最初の出だしからドキュメンタリーではない創作のストーリーが始まるような雰囲気をとても感じました。カメラワークなど工夫されているのでしょうか?

映画『ジョアン・ジルベルトを探して』

ジョルジュ・ガショ監督
実はこれはドキュメンタリーフィルムではあるのですが、映画の下敷きとしてフィッシャー氏の書いた本があります。私はまず、彼の本を基にして台本を作りました。42のシーンを作りましたので、そういった意味ではまさにフィクションの映画を作るのと同じような手法になっていたということが確かに言えると思います。
それから撮影技術としては、アリフレックスのアミーラというデジタルシネマカメラを使っていまして、マルチビューファインダーが搭載されているので現場でも正確なフォーカスの確認ができました。
さらにフィッシャー氏が残した色々な資料が写真や文章の記録として存在していましたので、それらも使いました。
それらによってフィクションのような印象を与えたのかなと思います。

―――― しかもミウシャさん達もアップで表情が映されているのですが、とても表情が豊かで、まるで演技をしているかの様に見えたのは、事前に打ち合わせなどがあったのでしょうか?

映画『ジョアン・ジルベルトを探して』

ジョルジュ・ガショ監督
よくみていただいて有難いと思うのですが、ミウシャとかドナートとか、最後の方にはマネージャーも登場します。この人たちに演出はしていないのですが、彼ら自体、ジョアン・ジルベルトの周りにいる人たちというのは、ある意味で全員が演技をしているんです。要するにジョアン・ジルベルトという人物の周りで、何らかの伝説を作り上げるための演技をしているんです。ただ、それは私が頼んだのではなく、彼らは今までもそうしてきたわけです。その演技の部分がおそらくカメラにも映っているのだと思います。
それらの演技は私が言ったわけではないので、どういう意図で行われているのかということは私も分かりません。
私自身も途中からマーク・フィッシャーが乗り移ってしまいますので、そういう意味で私も演技をしています。

ドキュメンタリー映画『ジョアン・ジルベルトを探して』

―――― とても納得がいきました。

映画『ジョアン・ジルベルトを探して』

ジョルジュ・ガショ監督
例えば、映画の中では使われていないシーンが沢山あり、ジョアン・ジルベルトの周りの人たちの演技の一例としては、ミウシャがある時私に言ったのですが、
「あなたの携帯番号をジョアン・ジルベルトに渡しておいたわ。だから彼から電話がくるかもしれないけれども、彼から電話はなかった?」と聞いてきたのです。
ただ、私が思うにミウシャが本当に渡していたとしても、彼が本当に電話をしてくることはないだろうと思うわけです。それもジョアン・ジルベルトの周りの人たちがやっているある種の演技だと思います。

―――― それは見ていてとても感じます!それから、監督自身のお話ですが、劇中、途中で辛く感じていたのではないかと思いました。マークが監督に乗り移った様子で「一旦、距離を置きたいと思う」というシーンがありました。そこは監督の気持ちが凄く伝わってきました。

ドキュメンタリー映画『ジョアン・ジルベルトを探して』

ジョルジュ・ガショ監督
お察しの通りです!

―――― 加えて、ミウシャが監督の目の前でジョアン・ジルベルトと電話で会話をしていました。それを見た時はどんなお気持ちだったのでしょうか。興奮、怒り、失望、マークへの想い、自分が喋りたいなど様々な想いが込みあがってきたのではないでしょうか。

映画『ジョアン・ジルベルトを探して』

ジョルジュ・ガショ監督
(笑)
とにかく驚きました。
みんな集まって座っていたので、彼の声はよく聞こえました。
先ほど仰ったように、この映画の発端というのはマーク・フィッシャーのために何かがしたい。彼は悲しい運命があったわけなんですけども、それを静かに彼の魂が休まるように、そのために私はジョアン・ジルベルトに会うんだと考えていたんです。
あとミウシャからは、彼の本をジョアン・ジルベルトに渡していて、少なくとも一部は読んでいると聞いているんです。ですから、ジョアン・ジルベルトとマーク・フィッシャーが電話で会話することが出来たらな、という気持ちになりました。

―――― そのシーンを観た時には、始めから会わせる気持ちがなかったのかなとも感じました。ちょっと言い過ぎかもしれませんが。

ジョルジュ・ガショ監督
世の中によくあることだと思いますが、意図しない偶然があります。
例えば、私がスイスの自宅にいて、歌手のベターニアの事を考えているとたまたまベターニアからメッセージが届くといったことがあるわけです。
ちなみに、マリア・ベターニアは私がブラジルに関する映画で初めて作った作品に登場しています。

―――― 音楽を通り越して、一人の人間に関心が沸いてきました。音楽を生み出すものは才能と、それから狂気が入り混じっているような気がしました。劇中でも「ジョアンに会うのは危険だよ」という台詞もありました。
最後に、マーク・フィッシャーの死はとても悲しいものですが、改めてジョアン・ジルベルトはどういう人物なのか、監督のお言葉で表現していただけますか。

映画『ジョアン・ジルベルトを探して』

ジョルジュ・ガショ監督
確かに彼は音楽的な才能があり、狂気のような一面もあったと思います。ただ、基本的に彼は色々な奇異な行動があったかもしれないですが、彼は常に幸せだったと私は思います。彼は最後まで幸せだったと思うし、バスルームで練習をしていた時も幸せだったと思うし、ステージに立てた時も幸せだったと思います。勿論、コンサートではエアコンが効き過ぎていてギターの調子が良くないとか細かいことは色々あったかもしれません。
しかしながら、彼は狂気の挙句変わった行動をとったというよりは、私の理解では自分が思っていた以上に、自分が望んでいた以上に有名になり過ぎてしまったのです。彼が世の中との関係を絶ったことの真実はそこにあるのではないかと思います。

満席続出!
2019年8月24日(土)より
新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開中!

■予告動画

■キャスト
ミウシャ
ジョアン・ドナート
ホベルト・メネスカル
マルコス・ヴァーリ

■スタッフ
監督:ジョルジュ・ガショ
原作:マーク・フィッシャー
脚本:マーク・フィッシャー
パオロ・ポローニ
配給:ミモザフィルムズ

■公式サイト
http://joao-movie.com/

■コピーライト
©Gachot Films/Idéale Audience/Neos Film 2018

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