この世界の片隅に

前編では「想像する力を蓄えて欲しい」という監督の想いや、すずさん役を見事に演じたのんさんについてたっぷりと語っていただきました。それでは後編もお楽しみください。

Q.すずさんの右手について「この‟みぎて”の存在が、日常の物語に意外性と緊張感、重層的厚みと芸術的きらめきを与えることに成功している(spikeさん)」とコメントしている方がいらっしゃいます。この右手の存在を監督はどのように表現されますか?

すずさんの心の中には、すずさん本人も気づかないようなものがたくさん詰まってるはず、とまず思いました。それを‟心の床下”と言っていたのですが、すずさんには‟心の床下”にあるものを言葉にして表すことは出来ないんですよ。でもそれが、右手が絵にする時に表現されてくるんですね。右手で絵を書いた時に、すずさんが普段思っていなかったような面白い絵とか面白い物語が込められた絵とかを描いていたりして。つまり、すずさんの心の中に本来あるものなんだけど、すずさん自身もそんなのあるのかな、って思っていたのを外側に引っ張り出してくれる役目が、それを人の前に現してくれる役目が、彼女の右手だったのではないかと思うんですね。

だからこそ、すずさんは普段は難しいことをしゃべったりすることもなく暮らしてこれた。だけど、右手を失った彼女はその先どうすればいいんでしょう? “心の床下”には出してくれといっているモノがいっぱい詰まっているのでしょうし、自分で床板を引き剥がしてでも確かめなければいけないモノもあるはずなんです。それは、今までは右手が全部代弁してくれていたんだけど、その右手がなくなったときに、彼女が次にやらなくちゃならないのは、自分の口で言葉にして表現して他人に伝えることなんではないかと思いました。

右手がなくなったことは不幸なのですが、それは同時に、すずさんが自分の気持ちを人に伝えるために、言葉を使うことを促していくことにもなります。ですから、映画の終わりの方のすずさんは、最初の頃のすずさんとは違うようなことをしゃべり始めているんではないかなと思います。

のんちゃんもラストシーン近くを演じながら、すずさんってこういう事を言う人でしたっけ? ということを言っていました。僕の方からは「すずさん自身が変わっていくんだから、今までのすずさんとは違うすずさんとして、この台詞とは向かいあってもらいたい」というようなことを言っていました。

――「生きる、あるいは、乗り越える強さについて考えさせられる映画(serarihyonさん)」といったコメントもありました。すずさんが直面している現実はつらすぎます。

何がつらいということで言うと、物語の中での右手というのは、すずさんの想像力の担い手というだけのものでもなくて、すずさんがあの家に存在できているのは家事を営む人として、いわゆる家事労働者としてなんですよね。右手を失うということは、その家事労働が出来なくなるということでもあるわけで……。右手を失ってすずさんは、他人の家に住みついている身として、その家に住む理由を失ってしまうんですね。そこがつらいんじゃないかな。

――最後の方で径子さんがすずさんの着替えを手伝うシーンなどが印象的でした。

すずさんがお嫁に来た先の一家にとって、家事労働者のままなのか家族なのかというところに向かっていくわけなんですね。でも思えば、「家族」とか言っているけど、実際に生まれた子供とか産んでくれた親は別とすると、多くの場合は結婚したりとか、そもそも他人だった人達からなる夫婦じゃないですか? 他人であるところから家族になっていくという意味みたいなことですよね。周作の姪である晴美ちゃんすずさんというのは、そんなに姻戚関係で近いわけでもないですよね。でも、いつしか家族のように感じていくわけです。ようやく家族に慣れた存在を失ったからこそすずさんは悲しいんだ、ということですよね。

エンディングのところで、服を縫って女性たち三人で着ているんですが、三人が三人とも全然血縁関係でもないのに、あそこでは家族なんですよね。

――「軍人ではなく、完璧に庶民の目から見た戦争を映し出している。だから独り身で嫁いだすずの孤独感が、徐々に家族の一員となり故郷に戻らないという結論になっているのが納得いく(オーウェンさん)」と書き込んだ会員さんはそこをちゃんと理解されているんですね。

その通りだと思います。お姉さん(径子さん)というのは、初めはすずさんのことを邪魔者扱いしている様に見えているんですよね。なんだけど、何故そうなのかというのはよくわからないまま話が進んで、8月6日でようやくかなり長く彼女自身が語ることになる。あなたがこの家にいることに納得いかないのはこういうことだからだ、ということを、自分の生き方に照らし合わせて語り始める。

実は、一面的にしかすずさんを見ていないのかと思っていた径子さんがね、もっと別のところからもちゃんと見ていてくれていた、ということじゃないかと思います。このシーンでは彼女自身のそれまでの人生、いろんなものを失ったことやなにやかやまで含めて、径子さんが生きてきたそのものが彼女の人生観として現れているんじゃないかと思います。


【次ページ】映画館の存在そのものがこの映画にとっては大事な場 >>


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