先月日本に飛び込んできた大ニュース、『万引き家族』がカンヌ国際映画祭で21年ぶりに大賞となるパルムドールを受賞したことは、きっと映画ファンのみならず多くの日本人の印象に強く残っているのではないでしょうか。

遡るのぼること1年前、カンヌ国際映画祭2017の公式ディナーで運命の出会いがありました。6月の映画ログおすすめ映画『あん』(2015)の監督で、世界中で高い評価を受ける河瀨直美監督と、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)など数多くの名作を手掛けているデンマーク出身のフランス人プロデューサーであるマリアン・スロットさんが同じテーブルに座り、「一緒にできないか?」と意気投合。さらにそこへ挨拶に来たのが『イングリッシュ・ペイシェント』(1997)で米アカデミー賞助演女優賞、世界三大映画祭すべてで女優賞を獲得したフランスの名女優ジュリエット・ビノシュさんだったのです。その場では挨拶を交わし、記念写真を撮影した3人はわずか数か月間で作品制作、撮影へ。運命の出会いから1年、瞬く間に映画『Vision』が私たち観客の目の前に登場したのです。

ジュリエット・ビノシュさんが演じるのは、紀行文を執筆しているフランスの女性エッセイスト・ジャンヌ。奈良・吉野にある山深い神秘的な森に通訳兼アシスタントの花(美波)とやってきた彼女。一方、その森で、猟犬のコウと静かに暮らす智(永瀬正敏)は、木々を切り、森の自然を守っている山守。人類のあらゆる精神的な苦痛を取り去ることができる“ビジョン”と呼ばれる薬草を探しにこの地を訪れたジャンヌ。しかし、彼女の過去には謎が隠されています。監督の生まれ故郷である奈良県を舞台に、ひとがひととして、母なる大地で生きることに真正面から向き合う、いのちの物語が、映画『Vision』です。

今回は、6月8日(金)の全国公開を記念してフランスから来日されたジュリエット・ビノシュさんに、本作品への理解から、河瀨監督の魅力までたっぷりと語って頂きました!
〇私も彼(智)と一緒に生きて幸せを感じたい
Q.ジャンヌと智は恋におちるわけですが、ジュリエットさんはそんなジャンヌを自然に演じることができましたか?また、智との恋愛についてどう感じましたか?

ジュリエット・ビノシュさん(以下、ジュリエット):
興味深いのは、ディナーをしている最中に智が発した「幸せはそれぞれの人の心の中にある」という言葉をきっかけに、ジャンヌの方から智の方に近付いていったということです。
ジャンヌはその言葉を信じ、“私も彼と一緒に生きて幸せを感じたい”と一瞬にして思いました。ただ、それは単純に近付いていったのではありません。ジャンヌは想い出をひきずり、凄く辛い思いを抱えて再訪したわけです。彼の想い・愛情が試練を乗り越えることを可能にしているのかもしれません。

また、過去の経験から森に恋をしていたわけで、智の存在はその過去にとって代わる様な存在だったのかもしれません。

Q.電車で森の中に入って行くシーンで、トンネルを抜けるとジャンヌが涙を流すシーンが印象的です。その時どのような気持ちだったのでしょうか?

ジュリエット:
確かに、“日本の森”という風景の中に居たことも大きかったのかもしれませんね。いつも来日する時は取材があったり、時間を効率的に過ごさなければなりません。そういうミッションの中にいるにもかかわらず、いったん自然の中に身を置いた時、何故だか知らないけどすごく感動したんですね。それは自分でも何故だかわからないし、本当に驚きました。きっと森の中、緑の風景にある何か新鮮なものを感じたのかもしれません。なぜ涙が流れたのか、自分でも説明がつかないんです。

私達って、やっぱり都会というか近代的な街に住んでいるじゃないですか。私は特に飛行機に乗ったり、どちらかと言うと人間に造られた人工的な世界の中で生きているという感じがします。でも、人間の手が加わっていない自然の中に突然身を置くと、すごくホッとするというか息ができるような、何かようやく手垢がついてない自然の風景や自分のルーツにも結びついたような感動だったのではないでしょうか。自分の中のものを癒してくれるような、そういう感じがしました。
〇河瀨監督がジャンヌの想いを汲み取ってくれたような
Q.河瀨監督は、そこに至るまでの彼女の人生や、なぜ自分がここに来たのか?という自身のストーリーを自分で作り、ようやくここに辿り着いたという想いがあふれて涙が出たのでは?とおっしゃっていました。

ジュリエット:
そうですね。シナリオがコロコロ変わっていたから(笑)。
電車に乗っているシーンの時は、ジャンヌにとって非常に重要なエピソードもまだシナリオにはなかったので、そういった準備はできていませんでした。ただ、勿論シナリオは事前にちゃんと読んで準備していたのですが、シナリオ自体がコロコロ変わりました。“千年に一度しか発現しないビジョンという薬草を本当に見つけたい”という想いでやってきているというシナリオは最初からありました。彼女自身はそれを絶対に見つけるんだという確信をもって来ているんですね。私が来た時に奇跡が起こるんだという、そういう想いで来ているからこそ、あそこで胸にグッとくる、万感の想いが、迫るものがあったわけです。

直美さんも驚いていました。“せっかく泣いてくれたのにどうしたらいいのかな”と。
奇跡が起こるかもしれない薬草である“ビジョン”を、探しに来るという行為そのものに感動してました。なので、やっぱり本当にそれを見つけるんだということは、単にあれやこれが欲しいということではなくて、もっと根本的な人間の生命論みたいなものにかかわる欲求であり要請だったのです。それをミッションとして探しに来ているということに対して、グッとくる感情です。

恐らく河瀨監督は、ジャンヌが“ビジョンという薬草を絶対に見つけるんだ”と思い詰めて来ている切実な想いを汲み取って、物語を完成させてくれたのではないかと思います。


〇河瀨組に、技術スタッフに感動!
Q.河瀨監督は俳優さんに対して“演じて”欲しくないといつもおっしゃっているそうです。永瀬さんも24時間ずっと役のままでいて欲しいと言われたそうなのですが、それはジュリエットさんも同じだったのでしょうか?

ジュリエット:
ダニエル・デイ=ルイスさんと電話をした際の話ですが、彼は演じている人物のアクセントや訛りのまま話をしていました。あの人はほんとにその役柄に24時間なりきる俳優さんですから、オスカーを3つも取ったのでしょう(笑)。

勿論、自分自身も“演技”というのは好きではないんですが、河瀨メソッドに関して言えば、やっぱり私自身の個人の真実を探すべきだとは思いますが、すなわち自分と役とを近づけるということは必要だと思いますが、やっぱり私達女優は職業ですから、そこで再構築というか、創る、創り込むことはとても大切だと思っています。単になりきるだけではなくて。

河瀨監督の面白いところは、テイクがエンドレスというかテイクの切れ目がないんですね。「アクション!」とか「静かに!」とかそういうのがなくて、テイクを1.2.3と撮っているのか撮っていないのかわからないうちに流れていくという手法は快感ですね。ただ、私は“女優として24時間ずっと役柄に”ということに関しては「Non」です。私自身、母親であったり女優であったり、そういうちゃんとしたワークとライフがありますから、家に帰れば子育てをしなければなりませんし、もちろん少しロケのことを考えているということはあるかもしれませんけど、やっぱり女優というのは私にとっては職業でもあるわけです。100%なりきっている人もいるし、それはそれでいいと思いますけど、私はそうする必要はないわけです。ダニエル・デイ=ルイスは100%なりきるタイプの人ですので、オスカーを3つ獲ってもいいわけです(笑)。

直美さんのそういうメソッドというのは、私にとってはすごく尊敬すべきものだと思います。彼女にとって撮影現場は外界からちょっと閉ざされた繭の様な、そういうものをなんとか役者と共に創り出そうとしていました。みんなが他のことを別々に考えるのではなくて、本当に一体になっています。
見てるとすごく圧倒されるのは、役者達は人間ですからエリア内を演技して動き回りますが、それを技術スタッフが執拗にというか、付いていくんですね。その付いて行き方は動物のように身をくねらせながら、付いて行くんです。技術スタッフは全身全霊を捧げて真実を撮ろうとしていたような感じでしたし、それを見ていて本当に感動しました。

(C)Lorenzo-Campus


〇アバンチュールが大好き、閉鎖的では死んでしまう(笑)
Q.ジュリエットさんご自身は昔から世界中でお仕事を続けられ、挑戦し続けていらっしゃいます。新しい場に踏み出せずにいる人達に向けて、ジュリエットさんが世界に出たからこそ見えてきたもの・実感したものを教えて下さい。

ジュリエット:
すごい好奇心いっぱいで、アバンチュールが大好きです。毎日毎日同じで、、そういう閉鎖的なところでは死んでしまいます(笑)。小さい女の子を自分の中に育てないといけない。男の子でも女の子でもいいんですが、未知なものに向かっていく。未知なモノとは、実は自分自身のこと、自分自身の知らない部分だと思うんです。

私の母が私をどういう風に思っているか凄く重要だったんですよ。私は女優ですよね?そしたら、母からは「あなたは監督じゃないでしょ?」とか言われるんです。「あなたは女優だけど踊らないでしょ?」と言われ、だから私は踊るんです。彼女はちょっときついですけど、あなた上手だけど分からないんじゃない?と言われるんです。いつも私が「できないんじゃない?」と母から言われているものに向かっていくんです。私はイラストとか絵を小さい時から描いているから、「あなたは女優だから絵は描かないでしょう?」と、それだけは言われませんでした(笑)。

Q.映画を観て未来のことも考えなければいけないと感じました。ジュリエットさんは、この作品に触れて、これからの未来に向けて母として女性として女優として何を大切にして生きていきたいと思いましたか?

ジュリエット:
私が亡くなった時ということを思えば、子供のことを思います。私が死んだら子供たちはどうするのだろう?と思いますね。でも、子供達がそれをちゃんと受け入れて生きていってくれればいいなと思います。
〇役者は花火みたいなもの
Q.女優としてはどうでしょう?

ジュリエット:
私がいなくなっても、私一人ぐらい代わりはいくらでもいるから(笑)
今生きていることが大事なんだと思います。観てくれている人の目を醒まさせるように、感動させる、考えさせることが大事なんだと思います。

私がいなくなったら、波が去って行ったみたいになるわけで、他の人達の波がまた押し寄せるように来てくれます。
例えば作家などが創る文学作品だったり絵画は、今この時というのではなくて、もっと後世に残る物だったりしますよね。私達役者というのは、生きている時は花火みたいなもので、確かにスポットライトを浴びてメディアにも出るわけですけども、(ガソリンが切れると止まる)エンジンみたいなもので、いなくなったらそれは消えてしまいます。


<編集部より>

映画『Vision』は鑑賞した私たちを奈良県・吉野の山奥、これまで体験したことがない不思議な世界に導いてくれるように感じます。「この作品がどのように伝わっていくのか楽しみです」と語っていた河瀨監督。そんな監督の想いを感じ、女優として作品に向き合ったジュリエット・ビノシュさんへのインタビューを通じ、さらに深くこの作品に入り込んでいくことができました。作中、ジャンヌと智が出会い、惹かれ、心の中に抱えていたものを少しずつ乗り越えていくように、この作品を観た私たちにも何か不思議な”力”が生まれるかもしれません。是非、劇場で映画『Vision』の世界に足を踏み入れてください。ジュリエットさん、素敵なお話をありがとうございました。
映画『Vision』は全国劇場で絶賛上映中!
予告編

キャスト:ジュリエット・ビノシュ 永瀬正敏 岩田剛典 美波 森山未來 コウ 白川和子 ジジ・ぶぅ 田中泯(特別出演) ・ 夏木マリ
監督・脚本 河瀨直美
製作:LDH JAPAN SLOT MACHINE 組画
エグゼクティブプロデューサー:EXILE HIRO / プロデューサー:宮崎聡 Marianne Slot 河瀨直美
撮影:百々新 / 照明:太田康裕 / 録音:Roman Dymny 森英司 / 美術:塩川節子 / 編集:Francois Gedigier 渋谷陽一 / 音楽:小曽根真
企画協力:小竹正人 / 制作プロダクション:組画 / 配給:LDH PICTURES ©
コピ―ライト:©2018“Vision”LDH JAPAN, SLOT MACHINE, KUMIE INC.

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