第4回【鳥取県鳥取市】精神医療と地域をつなぐ 臨床心理士による映画上映【前編】

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

and pictures地方上映特集
【連載第4回】
精神医療と地域をつなぐ 臨床心理士による映画上映【前編】

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取 イベントリポート【前編】

文:谷口敏淳(一般社団法人Psychoro)

2019年12月1日。公開から10ヶ月を経て、初めて鳥取市で「デイアンドナイト」が上映されました。
小さな団体が主催したこの上映会には約420名が来場。素晴らしい映画と豪華ゲストを迎えてのトークライブは地域でも話題になったのですが、それはエンターテインメントの枠を超え、この上映会が一つのミッションを持って開催されたためでもありました。

自己紹介:谷口敏淳(一般社団法人Psychoro)

このイベントを主催した小さな団体というのがPsychoro(サイコロ)。私が代表理事を務める一般社団法人です。「精神医療と地域をつなぐ」ため、2016年に設立しました。まずは私、谷口とPsychoroについて紹介させてください。

私は総合病院の精神科で臨床心理士として勤務したのち、大学の心理学科に赴任。同時に精神医療と地域の間にある壁をなくすべくPsychoroを設立し、医療、教育、産業で臨床実践を行いつつ、講演やイベントなどで精神保健に関する普及啓発活動にも取り組んできました。2019年3月に大学を退職し、Psychoroの活動に専念しています。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

精神医療に関する問題は今やもっとも身近な話題の一つとなり、いわゆる “自閉症”などの発達障害や“うつ病”、センセーショナルに扱われがちな依存症などの言葉をメディアで見聞きしない日は無いほどです。この記事を読んでくださっているあなたやその周囲にメンタルヘルスに関する悩みなどを抱えている方がいる可能性も低くはないと思います。

問題はそこに病名がつくかどうかではありません。WHO(世界保健機構)は人間の「障害」について、機能の程度や有無ではなく「社会参加」を一つの軸として考えています。つまり人間としてどのような機能的ハンデがあったとしても、社会に参加できる環境があればそれは障害ではないという考え方です。障害はその人個人の中にあるわけではなく、“個人と社会との間”で生じるものなのです。

精神医療やメンタルヘルスに関する情報に触れるチャンスはあちこちにあり、比較的簡単にリーチできます。自身や身近な誰かのためにそこにアクセスする人はすでにたくさんいて理解が深まっていることは素晴らしいことです。しかし社会全体の理解を深めるには、まだ興味がない人たちにアプローチしなくてはならない。Psychoroが立ち上がった目的はそこでした。

ダイニングバーでお酒をや料理を楽しみながら精神科が実際はどんなところなのかについて聴くイベントなど、精神医療に関する話題を時にポップに、時に腹を割って話すトークイベント「サイコロトーク」を中心とした普及啓発だけでなく治療・予防に関わる活動も行っています。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

ダイニングバーで開催した「精神科へGO‼︎〜謎だらけです、ドクター!」(2016年10月16日 鳥取市)

映画を介したアプローチ、そして「デイアンドナイト」

「デイアンドナイト」上映&トークライブin鳥取はサイコロトークとしては2回目の映画上映会でした。映画の上映に関しては素人である我々Psychoroが今回のような規模の上映会を成功させることができた背景には、もう一つの映画との出会いが大きく関わります。

「デイアンドナイト」の企画・原案・主演を務めた阿部進之介さんは実は中学時代の友人です。同窓会で再会して以来、時々連絡を取り合う仲になっていた彼が出演している作品「栞」について知ったのは2019年の冬。理学療法士が様々な境遇の患者と触れ合う中で抱える苦悩や葛藤、それらを経て成長する様子を描いた作品で、元理学療法士の榊原有佑監督ならではの、実話を基にした命の物語です。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

医療現場の現実がリアルに表現されているこの作品を題材に、精神医療やメンタルヘルスケアについて多くの人に話を届けられるのではないか。そう直感し、当時の私としてはかなり大きな挑戦をすることにしました。

「栞」の上映会をしたい。声をかけると以前勤務していた病院の若手理学療法士たちを中心に情熱あふれる20名近くの若者が志願してイベントの運営を手伝ってくれました。6月に開催した上映会には頚椎損傷のラガーマンを演じた阿部さんに加え、主人公の理学療法士を演じた三浦貴大さん、榊原監督などをステージにお迎えし、映画に込めた意図や思いに少し精神医学や心理学の専門的な話を加えさせていただきました。

エンターテインメントの世界のみなさんが大切に作った素晴らしい映画に言わば“乗っかる”形で私たちの話を聞いてもらえ、およそ200名のお客様の多くからも企画に対してポジティブな評価をいただきました。予想外だったのは映画の作り手の皆さんからも、作品への深い理解だけでなく、Psychoroならではの解釈で掘り下げてトークできたことをとても喜んでいただけたことでした。伊藤主税プロデューサーとの出会いもこのイベントでした。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

その時点でPsychoroとしては最大規模のイベントだった初めての映画上映会は、達成感と同時になかなかの疲労感(もちろん心は清々しいのですが)を残しました。サイコロトークではいつも司会を担当し、「栞」上映会でも運営から携わっていた妻、奈羅尾玲子とも「最高に充実してたけど、しばらくは上映会はいいよね(笑)」と話していた7月の終わり。観てしまったのです、「デイアンドナイト」を。

「善と悪」という普遍的で根元的でちょっとやそっとでは扱えないテーマが、重厚で魂に訴えてくる演技や練りに練られた脚本、独創的でスタイリッシュな映像で見事に描かれていました。明石や奈々など登場人物たちその後を思わずにはいられず、「何がどうだったら…。」と物語の中の出来事を繰り返し振り返りました。そして大切な家族の命を奪われたら、自分ならどうするだろう。観終わった後のあのなんとも言えない感覚。素晴らしい映画を観たという充足感と共に、モヤモヤと心に残る答えのない問いが、私たちの背中を押しているように感じました。

妻と顔を見合わせて「やるしかないね。」で一致。なぜなら「善と悪」は、私が医療現場などで行ってきた対人援助の場面で常にぶつかってきた問いそのものだったからです。
何かが起こった時、私たちは他人のことを善か悪かで判断しがちですが、その人の辿ってきたストーリーをほとんどの人は知らない。人々の行動の背景に思いを馳せることで社会はもう少し寛容になれるはず。このことをまた映画の力を借りて人々に伝えられるかもしれない。そう思いました。

「やるしかない」とは言ったものの、様々な状況から開催を正式決定するまでに2ヶ月を要してしまい、動き出したのは9月末。12月1日に開催日が決定したものの200名程度の会場を探したところスケジュール的に手配できず、未知のスケール、約500席のホールで開催することになりました。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

「栞」上映会のスタッフがまた集まってくれましたが、多くは医療のプロ。上映会はおろかイベント運営もわからないことだらけの中、それぞれが恐れることなくがむしゃらに走り回って準備を進めました。大きな会場のため広報にも力を入れ、チラシやポスター、SNSだけでなくラジオやテレビでの告知、初めてTVCMを作るなどできることはやりました。その過程で趣旨に賛同して様々な形で助けてくださる方々もあり、やろうとしていることは間違っていないと思えたことも私たちを支えました。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

「より沢山の人にスクリーンで観て欲しい。大切な作品だから。」阿部くんが何度も言っていたその言葉。上映会を決めたことを伝えるととても喜んでくれ、トークライブへの来場も決まりました。上映会1週間前には趣旨に賛同してくださったプロデューサー、山田孝之さんの来場も急遽決定。直前に伊藤さんの登壇も決まりました。なんと豪華な上映会を主催することになったのでしょう。チケット予約は3日前に定員に達し、会場が大きすぎたのではという心配が消えたのと同時に大きなプレッシャーがのしかかってきたのを覚えています。

12月1日、上映&トークライブ当日

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

この地方らしい曇り空で迎えたその日、開場の4時間前にはすでに並んでいるお客様の姿も見え、イベントへの期待の高さを改めて感じました。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

みるみるうちに埋まっていく座席。キャンセル待ちの方もたくさん見えました。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

そしてついにイベントがスタート。初めのご挨拶で、普通の映画のトークショーとは少し違いますがお付き合いくださいとお伝えしてみました。多くのお客様は映画とゲストの皆さんを楽しみにお越し下さっている中で、どのようにPsychoroがしたい話を入れるかはかなり難しいものでした。進行役の妻もずっと頭を悩ませていました。「デイアンドナイト」はPsychoroが専門とする医療の話でもメンタルヘルスの話でもないからです。それでも伝えたい。そして考えながら帰ってもらいたい。本編の上映が始まりました。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

10分、20分と経つにつれてお客様たちがストーリーに引き込まれていく様子が感じられると同時に私たちの緊張感も高まる中、阿部さんが会場入り。映画が終わる直前に山田さんと伊藤さんも到着しました。それぞれのお顔を拝見して「本当に来てくださったんだなぁ。」などと感慨に浸る余裕はありませんでした。阿部さんとは大まかな打ち合わせをしたものの、山田さんと伊藤さんはほぼ打ち合わせなし。ただ、「このイベントをやってくれたことが本当に嬉しいんです」という山田さんの言葉に覚悟が決まりました。

そして上映が終わり、トークライブのスタート。多くのお客様がまだ物語の中にいるようなやや物憂げな空気の中、ゲストの登場で会場は一気に明るい歓声に包まれました。

「映画を観終わったばかりで重いなと思う方も多いと思いますが、少しの時間お付き合いください」と阿部さん。山田さんは「この映画が大好きで、一人でも多くの人に観ていただきたいという思いが強い中、このようなイベントを開いていただいて初めて鳥取に来ることが出来ました」とご挨拶。伊藤さんは「一年近く経っても多くの方に観ていただけて“感無量です”。」と、山田さんが初日の舞台挨拶で言ったフレーズをそのまま使って山田さんに突っ込まれるという、別の会場でも繰り返してきたくだりで早速笑いを誘いました。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

地方の上映会に出向くことについて聞かれると、阿部さんは「劇場に足を運ばないと見終わった方々のお顔を拝見できないので、なかなかない機会。嬉しい。」と客席全体を見渡します。山田さんが「客席が映るモニターで皆さんの表情を見ていたんです。よかった、響いてる。と思いました。」と涙を拭う仕草で泣いているお客様が見えたことを示すと、客席の皆さんからは笑顔がこぼれました。

鳥取市を含む鳥取県東部はレトロな映画館が一つのみという地域。劇場で映画を観る習慣がないという人がより多いこの場所で、出演者を含めた製作者の皆さんとお客様が直接会える機会が設けられた事も大きな手応えとして感じました。

【後編】はこちら

映画『デイアンドナイト』作品情報

善と悪はどこからやってくるのか。


父が自殺し、実家へ帰った明石幸次(阿部進之介)。父は大手企業の不正を内部告発したことで死に追いやられ、家族もまた、崩壊寸前であった。そんな明石に児童養護施設のオーナーを務める男、北村(安藤政信)が手を差し伸べる。孤児を父親同然に養う傍ら、「子供たちを生かすためなら犯罪をも厭わない。」という道徳観を持ち、正義と犯罪を共存させる北村に魅せられていく明石と、そんな明石を案じる児童養護施設で生活する少女・奈々(清原果耶)。しかし明石は次第に復讐心に駆られ、善悪の境を見失っていく——。

■出演/阿部進之介 安藤政信 清原果耶
小西真奈美 佐津川愛美 深水元基 藤本涼 笠松将 池端レイナ
山中崇 淵上泰史 渡辺裕之 室井滋 田中哲司
■企画・原案/阿部進之介
■脚本/藤井道人・小寺和久・山田孝之
■監督/藤井道人
■プロデューサー/山田孝之・伊藤主税・岩崎雅公
■制作プロダクション/and pictures inc.
■制作協力/プラスディー・BABEL LABEL
■配給/日活
©2019「デイアンドナイト」製作委員会

■株式会社 and pictures

短編オムニバス企画「Short Trial Project」シリーズや長編映画を製作。

市原隼人主演『ホテルコパン』(16)、松雪泰子主演『古都』(16)、真野恵里菜主演『青の帰り道』(18)、三浦貴大主演『栞』(18)、阿部進之介主演『デイアンドナイト』(19)、池内博之主演『逃亡料理人ワタナベ』(19)ほか。公開待機作に三吉彩花主演『Daughters』(20)、大橋裕之原作/竹中直人・山田孝之・斎藤工監督『ゾッキ』ほか(21)。

映画製作をきっかけとした地域活性化プロジェクトの推進、俳優向けの演技ワークショップやプラットフォーム開発で映画産業の発展を目指す。

and pictures地方上映特集とは

「地域上映」は、劇場のない地域では公民館や学校で上映するなど、土地土地の目的や事情による多様なスタイルで行われてきました。その結果、地域にコミュニケーションを生み、人々を活気付けてきました。(省略)映画製作会社and picturesはこの連載を通して、上天草・新潟・金沢・鳥取といった4地域の上映を振り返り、映画を様々な角度から見つめ、これからの、映画を分かち合える場所を探していきます。

映画を分かち合える場所探して[and pictures地方上映特集 全5回連載]より

and pictures

https://andpictures.jp/

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