第5回【鳥取県鳥取市】精神医療と地域をつなぐ 臨床心理士による映画上映【後編】

and pictures地方上映特集
【連載第5回】
精神医療と地域をつなぐ 臨床心理士による映画上映【後編】

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取 イベントリポート【後編】

文:谷口敏淳(一般社団法人Psychoro)

2019年12月1日。公開から10ヶ月を経て、初めて鳥取市で「デイアンドナイト」が上映されました。

小さな団体が主催したこの上映会には約420名が来場。素晴らしい映画と豪華ゲストを迎えてのトークライブは地域でも話題になったのですが、それはエンターテインメントの枠を超え、この上映会が一つのミッションを持って開催されたためでもありました。

【前編】はこちら

上映後のトークライブにて、話は「デイアンドナイト」のテーマへ

「常々“物事は球体だ”と思っていた」という阿部さん。「物事を視点を変えたり視野を広くして見ることで、自分以外の物事や考え方を見つめ直せるのではと考える中で、普遍的で感情を揺さぶる“善と悪”を扱うことにした」のだそう。山田さんは「善と悪は自分の中や相手との関係で変化するものだったりする。大切な人と話すきっかけになればと。」とこの作品を作った意図を語りました。

二人が話したこのことこそ、私が人々に伝えたい話でした。エンターテインメントと医療現場、目的が違うようで全く同じことを目指していたという事実に気持ちが高まります。山田さんは「答えは出さず、解釈の余白を残すことも意識した」とのこと。「その余白について大切な人と話したくなる作品って、すごく意味のある、自分の人生までちゃんと返ってくるものになる。」それが企画を立ち上げたばかりだった阿部さんと藤井道人監督と一緒にならできると思ったと言います。

山田さんは「デイアンドナイト」には完全に裏方として参加。プロデューサーという立場から見た阿部さんの演技について「もともとすごい。ずっとすごいです。僕はコメディとかいろんな役をやってそれを楽しむタイプ。阿部ちゃんの一つのものに打ち込む気持ちの持っていき方や集中力は僕は絶対に勝てない。その人がこういう題材で本気で芝居をしたら相当強いものができると思ってました。出来上がりを観てもやはりそう思いました。」と熱く評価。「今回は清原果耶さんも安藤政信さんも、田中哲司さんもメインの4人はもうヤバいレベルでした。」と俳優陣を絶賛するその目は一際輝いて見え、最高のレベルで響きあうプロたちの熱に触れた気がしました。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

「それこそ自分が知っている自分と、人から見た自分が違ってたりもしますね。」と、阿部さんはここでも一歩引いた視点で答え、多面的に物事を見る話に戻ります。

この辺りで私にも出番が。臨床現場で二面性・多面性からくる苦しみを持つ人々を支援してきた立場として映画の感想を聞かれ、私も「明石の主観で観ていたはずがいつの間にか多面的に彼の状況を観ていることに気づき、この俯瞰して一人の男の状況をみているというところに、カウンセリングをやっている人間と共通する部分が多いなと思いました。」とお話させていただきました。「カウンセリングはものすごく近くで寄り添っているようで、実は一歩も二歩も引いて全体を捉える。この視点が明石や彼を取り巻く状況の描き方と同じだなと。」

「デイアンドナイト」は劇中の誰の目線で観るかでストーリーが全く違って見えます。それが現実の世界でも、例えば迷惑な行為で嫌な思いをさせられたとして、その加害側の背景に虐待があったり病気があったりというケースを誰の目線で見るかで全てが違って見える、という風に起こります。「デイアンドナイト」を観るように世の中の事象を見られたら。その意識を多くの人が持てたら何かが変わるかもしれない。ということがやり取りの中で伝わるよう努めました。

奈羅尾から俳優のお二人に「誰かの背景に思いを寄せて多面的に見ることと、演じる人物ついて掘り下げて役作りをすることにも共通点はありますか?」との質問がありました。「まさにそうです。僕は俳優になってよかったと思います。」と阿部さん。「紙から読み取って共感していって役と自分が一つになる。だからそれは周りの人を理解したり共感することととても近い。逆に周りの人を理解しようと常々努めていると、演技に立ち返ったときにできる役が増えていたり。僕の人生の中ですごくいいループになっています。」と。「なるほどなぁ!」と思わず唸りました。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

「デイアンドナイト」の善悪を捉える視点、カウンセリングの視点、さらに俳優の役作りの視点までもが同じアプローチであるとわかったのです。

山田さんも、とんでもないクズ野郎みたいな役を演じる時も、取材で「本当に今回の役はクズでしたね!」と言われるととてもムカつくのだそう。「確かにひどいことをする人間だけど、こっちはなんでそんなことを言ってしまうのか、やってしまうのかの理由づけを台本に書いてなくてもするんです。」と思うそうで、過去にインタビュアーに本気で怒ったこともあるのだとか。そこまで役に入れる能力にやはりプロを感じ、また激しく共感も覚えました。

トークライブでは客席の皆さんから頂いた映画を見て感じたことや質問もいくつか取り上げました。

善と悪がわからなくなったら何を頼りに進むかという質問に対しては、「それは人に求めないんです。善と悪は人それぞれ違うし、自分なりに考えて答えを出すしかない。」(阿部氏)、「何が善で悪で、何を頼りに生きていくのかを常に考えることこそが大事だと思います。ライフステージを進むごとにそれはきっと変わるけど、常に自問自答して相手のことも同じように思うことが生きるってことなんじゃないかと思います。」(山田氏)、「大切な人と話すことでわかることがあったり、結びつきが強くなったりするのかなと思います。」(阿部氏)との答え。さすがそれぞれいろんな役を通してたくさんの人生を歩んできているだけあって説得力があるなあと感心して聴いていました。

素晴らしい映画と最高のゲストをお迎えして過ごした特別な時間。イベントは終了の時刻を迎えました。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

帰路につく客席の皆さんの心に少しはメッセージが届いただろうか。やりきった達成感ともっと上手くできたはずという複雑な気持ちで高まっていた鼓動が落ち着くのを待ちました。

溢れ出す「ありがとう」

アンケートやその後いただいたフィードバックではやはり「考えさせられた」「帰ってらもずっと議論は続いた」などの声が多く、答えのない問いを皆さんはしっかりと受け取って帰ってくださったと感じました。多くの気づきや話すことのきっかけを作れたのであれば、数パーセントそういう方々がいらしてくれたら、その時点で成功と言えると思います。

もともとは阿部くんと奈羅尾と私の3人でのトークの予定で準備をしていたので、急遽お越し下さった山田さんと伊藤さんを交えてのトークはそれぞれのお話を聴く時間が足りないと感じられた方も多かったかもしれません。進行役の奈羅尾はPsychoroが届けたい「多面的に周囲の人を見ることができれば寛容な社会につながるのでは」というメッセージのポジティブなイメージが、「デイアンドナイト」の余韻を邪魔したり描ききらなかった“余白”を埋めようとすることに繋がらないかということをずっと懸念していました。山田さんもおっしゃっていた、余白を意識したこの映画の世界観を大切にする思いから、今回は物語のディテールについて多く聞くことは控えました。

映画の話をもっと聞きたかったという声もあり、トークで取り上げたいこととのバランスに最後まで悩んだのですが、打ち上げでも悶々としていた奈羅尾に「こんな規模になればいろんな声はやっぱりあるもの。それでもあなたたちはこのイベントをやったんです。それが素晴らしいし、何よりありがとうございます。」と山田さんの言葉。染み入った様子でした。そんな言葉を直接いただけるのも、何より自分たちで動いたからでした。

ステージでの出番はあまりいらないと言っていた伊藤さんですが、「栞」上映会の時から私たちを“育てよう”としてくれているのを感じ、彼に対しては強い信頼感を持っていました。そんな伊藤さんに感謝や反省を伝えると、いくつかのアドバイスに加えて「素晴らしいコンセプトのイベントでした。チャレンジの次の一歩が大切。みんなで成長していきましょう」と労ってくださいました。

阿部さんも「強いメッセージを込めた映画でもやはりエンターテインメントの域はなかなか出られないもの。この映画にこの趣旨のイベントを合わせてくれたことで、枠を超えて、もっと強い意味と意義を与えられたので本当にありがたかった。」そんな言葉をかけてくれました。

映画の素人である私たちがこの上映会をやり遂げられたのは、イヤイヤ期まっただ中の私たちの2歳の息子、エネルギーに溢れたスタッフや地域の皆さんの理解とサポート、なんだかわからないけど話を聴いてみようとご来場くださったお客様や、日活、and pictures、BABEL LABELの藤井道人監督をはじめとする「デイアンドナイト」を制作された皆さん、そして山田孝之さん、伊藤主税さん、本当に多くの方々のご協力があったからなのは言うまでもありません。ありがとうございました。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

そして阿部さん。友人の阿部さんが出ていた映画だからこの上映会を開催したのではなく、素晴らしい映画の上映会をしようとしたら出演していたのが阿部さんだったのでした。しかしいずれにしろ中学から別々の道に進み、お互いが信じる道を必死に進んだ結果こうして同じの目的を持ってタッグを組めたこと。素晴らしい俳優になり最高の作品「デイアンドナイト」との縁を取り持ってくれたことに心から感謝を伝えたいと思います。

サイコロを振ってみて行き着いた場所

トークの中で繰り返し出てきた「大切なのは何が善で何が悪か、そのどちらかなのかについてそれぞれが話し合うこと、そして俯瞰してみること」。確かに自分の価値観、倫理観を話し合える存在がいればいるほど、寛容な社会へつながるような気がします。

今回のイベントでステージ上を含め、集まった人々それぞれが考え、話しました。それはとても前向きでポジティブな時間だったと思います。私たちが目指すのは「安全に対話できる社会」だということにたどり着きました。続けてきた“ポップに腹を割って話す”「サイコロトーク」もやはりその線上にあります。何が正しいのかも多様化しつつある社会。一つの答えを求めるのではなく、それぞれが考え、むやみに否定されることなく安全に話し合える社会を目指し、「デイアンドナイト」で大きく成長したPsychoroはこれからも様々な方向に転がり続けることとします。

映画『デイアンドナイト』

善と悪はどこからやってくるのか。

父が自殺し、実家へ帰った明石幸次(阿部進之介)。父は大手企業の不正を内部告発したことで死に追いやられ、家族もまた、崩壊寸前であった。そんな明石に児童養護施設のオーナーを務める男、北村(安藤政信)が手を差し伸べる。孤児を父親同然に養う傍ら、「子供たちを生かすためなら犯罪をも厭わない。」という道徳観を持ち、正義と犯罪を共存させる北村に魅せられていく明石と、そんな明石を案じる児童養護施設で生活する少女・奈々(清原果耶)。しかし明石は次第に復讐心に駆られ、善悪の境を見失っていく——。

『デイアンドナイト』 上映&トークライブin鳥取

■出演/阿部進之介 安藤政信 清原果耶
小西真奈美 佐津川愛美 深水元基 藤本涼 笠松将 池端レイナ
山中崇 淵上泰史 渡辺裕之 室井滋 田中哲司
■企画・原案/阿部進之介
■脚本/藤井道人・小寺和久・山田孝之
■監督/藤井道人
■プロデューサー/山田孝之・伊藤主税・岩崎雅公
■制作プロダクション/and pictures inc.
■制作協力/プラスディー・BABEL LABEL
■配給/日活
©2019「デイアンドナイト」製作委員会

■株式会社 and pictures

短編オムニバス企画「Short Trial Project」シリーズや長編映画を製作。

市原隼人主演『ホテルコパン』(16)、松雪泰子主演『古都』(16)、真野恵里菜主演『青の帰り道』(18)、三浦貴大主演『栞』(18)、阿部進之介主演『デイアンドナイト』(19)、池内博之主演『逃亡料理人ワタナベ』(19)ほか。公開待機作に三吉彩花主演『Daughters』(20)、大橋裕之原作/竹中直人・山田孝之・斎藤工監督『ゾッキ』ほか(21)。

映画製作をきっかけとした地域活性化プロジェクトの推進、俳優向けの演技ワークショップやプラットフォーム開発で映画産業の発展を目指す。

and pictures地方上映特集とは

「地域上映」は、劇場のない地域では公民館や学校で上映するなど、土地土地の目的や事情による多様なスタイルで行われてきました。その結果、地域にコミュニケーションを生み、人々を活気付けてきました。(省略)映画製作会社and picturesはこの連載を通して、上天草・新潟・金沢・鳥取といった4地域の上映を振り返り、映画を様々な角度から見つめ、これからの、映画を分かち合える場所を探していきます。

映画を分かち合える場所探して[and pictures地方上映特集 全5回連載]より

and pictures

https://andpictures.jp/

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